コロナウイルスCOVID19後の世界を考える Before Corona, B.C. and After Corona, A.C.

どこを見ても新型コロナウイルスの話題ばかりだ。イランとアメリカの対立や、自動運転が語られたり論じられたりすることがなくなった。その割に、コロナウイルスCOVID-19への対策や社会的な困窮が伝えられる。

そこで、ちょうど歴史家ユヴァル・ハラリが行ったように(1)、この感染症が長期的にどのような影響を与えるのか、また与えないのかを考えてみたい。彼のような才人を真似するつもりは毛頭ないが、私自身は、この感染症は社会を大きく変えてゆくだろうと思う。コロナウイルス以前をBC(before coronavirus)、以後をAC(after coronavirus)と呼びたいほどである。

社会変容が「予想」という形になるのは致し方ない。厳密でアカデミックな行為ではない。ただし予想が実際のプランに影響を与え、社会を変えることは、疾病や戦争のあとでは必ず起きることである。また今後を考えることは、大規模な疾病の流行や戦争の最中に構想されてゆくものだ。一介の研究者の予想が影響を与えるとは思えないが。

以下、次の順番で提示してみたい。まず国際関係と国内政治に関係する部分。そしてライヴや対面的コミュニケーションと仮想的コミュニケーションの関係。最後に経済の今後。このような順番で考えたい。

国際協調とナショナリズム

感染症は、国際協調を要求する。最近のSARSやエボラウイルスのような感染症epidemicは、一国だけで取る手段は限られた。SARSの場合は中国広東省から拡散し、特に香港で広がった。現在のようなグローバル化社会の中では、飛行機、クルーズ船、貨物船を媒介にして、疾病はあっという間に広がる。また人の行き来はどのような奥地であろうと行われるので、アマゾンのヤノマミ族までが感染するのである。

ここからわかることは、自国の感染者を減らそうとしたら、他国の感染者を減らす、少なくとも増えなくするための情報提供や政策は必須だということになる。

「鎖国」や国境閉鎖は効果がないわけではないが、そのことは、国境を開くと一気に感染者の増加を引き起こす。先週(「2020年4月19日の週)、中国では80人程度の感染者が日々発生していたが、その8割はロシアからの入国者であった。ロシアはCOVID-19がまさにいま猖獗を極めている。

しかし、そのような国際協調を取りにくい面もある。防護服やマスクやシールドは、世界的に需要が高まっているので、自国だけはなんとか入手しようとする政府は出てくる。この自国中心主義は、物資の供給量を増やすので、短期的なもので止まるはずだ。このような点を除けば、治療法や薬剤の共有や医療従事者の交流を含めた協調行動が終息を早める。

地方自治体

今回、感染症では自治体の対応が重要だということがはっきりした。

まずアメリカを見てみよう。アメリカではトランプ大統領が新型コロナウイルスに対して、年初では楽観的な見方をしていた。その後、死者数を30万人程度と見積もる予測を発表したが、さらにその後には「消毒液を注射するとよい」とか、ロックダウン(都市封鎖)を行う民主党系州知事への攻撃を行うなど、発言内容は二転三転した。

私個人はニューヨークに注目していた。この街は人口が密集し、また多文化な都市であり、どの程度感染症が広がるのを防げるかの指標になるからだ。

結果としては、現在はピークアウトしたが、本日4月26日現在、16,000人以上のもの死者を出している。

ここで活躍したのは、ニューヨーク市長のデブラシオ氏と、クオモ州知事である。この2人は毎日のように記者会見を行い、現状を細部にわたり告知した。今後どのようになりそうかデータを示し、封鎖を行わないとどうなるかと比較しつつ、細かな情報の提供で市民から不安を取り除き、都市封鎖の合理性を理解してもらう場を作った。市民にはある種の結束が生まれた。地域を理解している人がリーダーシップを発揮することで、医療崩壊(病院側に新たな救急患者を受け入れる余裕がなくなること)を回避した。

日本では北海道知事である鈴木直道氏が、真っ先に「緊急事態宣言」を出した。札幌を中心に感染が拡大したからである。都の職員時代に福祉保健局勤務だったこともあり、状況判断は正確であった。また政府より先に休業要請を受け入れた事業者に支援金を出すことを決定(4月22日)。それより早く札幌市や函館市が支援金支給を決めているので、業者によっては計30万円が給付されることになった。

また福岡市は4月14日、福岡県に先立ち、賃料助成や飲食店支援策を出した(2)その2日後には北九州市が、休業をしたお店の店舗賃料8割支援といった政策を出している(3)

こういう例は、まだまだあるが(東京都もそうだ)、特徴として中央政府よりもスピードがより速いところにある。政府は「スピード感を持って」と口を揃えるが、実際に「スピード」があるのは地方自治体であった。さらに、いま霞ヶ関や政治家がソーシャル・メディア内の見解やその動向を気にしていることが観察される。Twitterデモクラシーとでも呼べる状況が生まれている。

ライヴとストリーミング リアルとヴァーチャルの併用

舞台芸術の享受や教育の方法が驚くほど変わってしまった。
たとえばオペラやクラシック、テクノやエッジハウスの音楽の「ライヴ」がYouTubeやインスタのライヴを使って流れてくる。世界のさまざまな地域の人たちのコメントや絵文字が次々にコメント欄を通過してゆくのを見ると、「体験を同時に共有しているのだな」という感覚に支配され、実際にスタジアムや野外ステージにいるのに近い、錯覚という側面はあるにせよ経験ができる。
同じことは、Zoomを使った遠隔授業においても起きる。私の講義を聞いてくれている生徒や学生の表情がよくわかるので、私の話す内容や資料に反応してくれているのも「ライヴ」で実感できる。

BC時代であれば、教室という現場にいて対面で授業を受け、またライヴ会場にいるのがあくまで主であって、音質や画像に劣るストリーミングや、DVD、ブルーレイが、「生」のものを補うサブ・メディアとして認識されていた。
そこには距離physical distanceがあった。生のものは録音録画によっては再現されえないものと考えられていた。

しかし、いま、社会的にも物理的にも距離を取ることが指示され、場合によっては距離が近いとフランスのように罰則が加わることで、このサブ・メディアが主に躍り出た。仕事、飲み会、大学教育、これらが突然ZoomやMeetの多分割画面で経験されるようになった。そしてその経験は多くの人の予想以上に機能した。

ITを使った仮想的な会議や講義は、仮想であるがゆえに、発言や理解の度合いを上げている。参加者全員の表情が細かく映るので、誰がどの程度真剣に取り組んでいるかがスクリーンでいままでになく明確になってしまうのだ。この相互の「監視」と、リアルに人前で起きていないということから、発言なり見解を述べるインセンティヴは上がっている。

動画配信サイトを使った会議や打ち合わせ、講義はもはやなくならないだろう。たとえば大教室であれば、リアルな授業の中でZoomが使われて、質問を受けたり、ファイルを一斉に配ったりということが可能になる。後に戻ることはないだろう。教育は対面だけが優れているという考えは滅びてゆく。

社会や都市の変動

いままで人は都市に集まり、そこで話し合ったり、授業を聴いたり、スタジアムに行って、試合を見たりした。なぜだろうか。これは人対人が人間関係ではベストであり、それ以外は補助的手段に過ぎないという考え方からだ。

それが上述のように壊れつつあるとすれば、いままでのように都市の郊外に住み、高い賃貸料やローンを組んで、通勤通学をする必要がなくなってしまう。大阪なら、六甲近郊にいても、また東京なら千葉県館山市に住んでも、仕事はできるし教育も受けられる(4)

これは都市の構造や地価に決定的な影響を与えるだろう。とくに5G(次世代通信規格)が広がり、さらに自動運転がサブスクでできるようになると、都市部でのさまざまなコストに耐える必要はなくなる。それでも都市部に住むことで得られる情報や、対面のコミュニケーションは重要にはなる。むしろ希であるから貴重なことになるかもしれない。だが、熱海市の温泉付き賃貸に住むと、生活費は下がり、気候は温暖で、自然を楽しむことも容易になる。もちろん災害のリスクはあるのだが、生活費の低下は貯蓄に影響する。

スーツを着たり、ハイヒールを履く機会は減る。外食よりも取り寄せや自宅で料理を作るようになる。長時間の通勤がなくなれば、新たな時間も捻出できる。それでも東京、大阪、名古屋、福岡に人は住むだろう。しかし、その数はだいぶ減るのではないか。

自動運転と交通システムの利用率の低下は、経済を根底から変える。土地所有の形も変化させる。すぐに起きるかどうかは別だが、少なくとも、労働と教育の方法は変わった。新しい労働法や教育基本法が必要になるだろう。

(1)ユヴァル・ノア・ハラリ『コロナウイルス後の世界』。もともとはFTに出た記事
   http://web.kawade.co.jp/bungei/3473/
(2)毎日新聞電子版、4月14日付参照
(3)西日本新聞、4月16日付参照
(4)生産性が向上するのかどうかは、懐疑的な議論が多い。しかし、仕事や学習の方法が
   改善されれば、上昇するのではないか。

(以上、田中公一朗記)

香港と米中戦争Hong Kong and New Cold War

香港は米中「戦争」の中心部分だ。そして香港は徐々に選択肢を狭められつつある。

ここまでの簡略な経緯

まず香港返還、反中国系の書店への干渉や圧迫、そして逃亡犯条例に反対する大規模デモ。最近の選挙での民主派の大勝、こういう順序でわかりやすく説明してゆこう。

香港は、英国植民地返還で中国の「特別行政区」という位置づけに変わり、一国二制度を採用している。独自の通貨(香港ドル)を持ち、司法と立法が香港の制度の元で行われる。立法会(トップ画像が立法会)と呼ばれる立法組織はデモクラシー的で、香港市民が投票で選ぶ。1997年の返還後50年間、つまり2047年まで香港(とマカオ)がこの制度を続けることが中英間で合意された。

ところが、中国がこの流れに抗する行動を取り始めた。民主化や「反中国」の傾向が強い書店の店長が長期間行方不明になり、中国本土で発見される事件が相次いだ。これが2015年から2016年の初めのことである。よく知られているのは銅鑼湾(コーズウェイベイ)書店店主の失踪だ。この事件も含めて、中国当局が関与しているのが明確になり国際的な問題になった。

そして今年2019年3月になって、香港は新たな局面を迎えた。中国政府が逃亡犯条例の改正を主張し始めたのだ。香港の政治のトップ、行政長官は事実上中国政府が選べ、現長官は林鄭月娥氏である。改正内容は、香港警察が刑事事件の容疑者を確保した場合に、その容疑者の身柄を中国本土に移送extraditionできるようにするものである。

この案に反対した大規模なデモが何度も起きた。とくに6月には100万人が香港中心部の路面を埋め尽くし、香港の政治的な主体性を奪う法律に反対である強い姿勢を見せた。これは雨傘運動の流れがさらに広がったものと言える。雨傘運動とは、2014年に行政長官の決定方法を中国の意向に添うように改変しようとしたことに対する、学生の授業ボイコット運動だ。

香港政府と市民の間での政治的な不安定さは、経済を直撃し、香港のハンセン指数は2016年初めには20,000ポイントの大台を切り、現在も不安定な動きを続けている。GDPは2019年第3四半期の成長率がマイナスに転じた(前年度同月比でマイナス2.9%、注1)。

そして11月の香港区議会議員選挙は、驚くべき結果になった。投票率は71.2%と香港史上最高で、親政府派の大敗に終わり、民主派(ほぼ反中国派)が80%を越えた議席を獲得した。もっとも香港は小選挙区制で、民主派への投票は約60%であるが、それでも事前の予想を大幅に覆した。

ここまでをまとめると、北京からの「圧」が強く、香港の市民の差し迫った危機感が続き、それが選挙結果や土日に行われるデモとして現れたといえる。

香港の自由が制限されたら、それはもはや香港ではなく、中国大陸の制限的自由となにも変わらなくなる。

そしてここにアメリカが関与する。世界の警察官は辞めたが、覇権国であることは辞めないとでもいうように。アメリカ上下両院は「香港の人権と民主主義の確立を支援する法案」を可決(11月20日)、ドナルド・トランプ大統領はこの法案に署名(11月27日)。アメリカ政府が香港デモをバックアップしたことになる。

この署名に対し、中国外務省(外交部)は直ちに「香港行政と中国の内政に干渉」であり「あからさまな覇権行為」であると非難。

そして12月8日、100万人デモから半年が経過し再び80万人が街頭に立った。香港の人口は750万人なのでいかに多くの人々が直接に関与しているのが明白だろう。

これで香港がなぜ「米中戦争」の中心なのか、わかっていただけたと思う。

香港は、デモクラシー、自治(民族自決self-determination)というアメリカの基本的価値と、共産党一党支配、腐敗撲滅、強権的政治という中国習近平政権の基本的価値との対立の場になっているのだ。

香港、立法会入り口。関係者でも簡単には入れない(2019年12月、筆者撮影、以下同じ)

今後の香港と米中これからどうなりそうか

アメリカと中国は、ペンス副大統領が2017年末に述べたように「冷戦」に突入した。関税引き上げで競い、またハーウェイなどハイテク企業・産業に対して規制をかけた。これは経済的な問題での戦いである。この戦いはまだ続くであろう。ゲーム理論で言う典型的チキンゲームになっているので、米中ともに引くに引けないからだ。

そして次に来るのが資本の規制だ。すでにアメリカ議会の諮問機関が報告書で、「情報開示」が不十分な中国企業は株式市場で「上場廃止」を可能にする法案を提案している。

ここから先は予想になるので正確性は低いが、想定できることを記してみよう。

上記の法案が現実化すると、米中間の冷戦は資本市場での戦いという次の段階に進み、より一層激しくなる。日本企業はこのような動きに備えたほうがいいかもしれない。米中どちらかに偏った取引をしている企業にはリスクが大きいだろう。欧州市場やインド市場にアクセスすることもいままで以上に重要になろう。東南アジア各国は、米中のどちらのサイドに立つのか、いま以上に決めなければならなくなる。オーストラリアはすでに中国に引っ張られている。

そしてもしこの「新冷戦」がよりエスカレートするとするなら、基軸通貨の争いに向かうであろう。いま米ドルが果たしている役割を中国元が担おうとするということだ。

実際に、中国はアメリカの財務省証券の購入量を減らしている。アメリカ政府の負債を請け負っているのだが、それをやめ始めている。

中国が、一帯一路(BRI)で行っているような包括的な政策を、国際社会で行うとしたら、新しい経済的なインフラ、つまり国際的経済制度を作ろうとすると思われる。現在の国家資本主義では、大規模なバブル崩壊が10年に一度程度起き、その都度政府は民間企業を助け、経済格差が広がる。リーマン・ショックを起こしたのはアメリカ的資本主義(とイギリス)だが、中国もたいへんな痛手を負った。こうなると新しい経済制度が必要はないとはいえない。

ここで中国人民銀行がすでに制度設計を終えた「デジタル人民元」制度(2019年12月3日付、日本経済新聞)を、中国国内からはじめて、グローバルに拡張しようとするかもしれない。
(おわり)

参考文献:
Jetro:
https://www.jetro.go.jp/biznews/2019/11/a6b498978cb992f9.html

日経新聞、2019年12月3日:
https://r.nikkei.com/article/DGXMZO52853220S9A201C1EA2000?type=my#IAAUAgAAMA

市民が主張する五大要求の落書き。人々が手を携えている。ジョン・レノンの名前を取って、レノン・ウォールと呼ばれる場所

「日本人」, EDM系PVの場合   How do PVs Describe “Japanese”?

PVは、一般の視聴者用に丹念に作られた映像であり、アート方向に偏り過ぎることがない。だからその時代の特徴を捉えた作品になりやすい。2018年秋以降、東京を舞台にしたPV、とくにEDM系PVがいくつかまとめて出てきたので比較してみたい。どれも再生回数は100万を優に越えている。

ここに貼ったものは、例外はあるが北アメリカ系のDJ、ミュージシャンのものなので、日本人をどう見ているか、またどのように表現することで「日本」らしい誰かだと理解させられるかを考えているかが推定できる。一般的に「日本人」の観点からだとこういうPVは奇妙でエキゾチックに見えることが多い。そして「日本人」を日常のように正確に描写していると「日本人」は自らを奇抜だと殊更に把握する。

アジア人、とくにここでは「日本人」だが、これはセシル・B・デミル監督『チート』の主演早川雪洲から連綿と続く日本人表象の流れではあるが、長くなるので、ここ数ヶ月だけを見てみよう。

まず、カナダ系のショーン・メンデスとゼッドZeddの「Lost in Japan」

君がいるホテルに飛んでいきたい、という願いがストレートに歌われている歌詞だ

PVの元ネタは、ソフィア・コッポラ監督の「Lost in Translation」でこのフレーズ自体が英語圏で定着、いまでも雑誌の文章などにしばしば顔を出す。
新宿東口の映像を加工した動画を使用し、パークハイアットのエレベーター・シーンを再現しているが、この撮影は日本では行われていない。アメリカで日本を模倣・再現している。初めの部分で駐車場が映り込んでいるが、こういうパーキングは日本にはない。

登場する「日本人」は、ソフィア・コッポラの「日本人」とは異なり、会話もすれば、感情表現もする人たちとして描かれている。これが撮影シーン:

またソフィア・コッポラの元ネタ、トレーラーはこちら。2003年公開映画です。スカーレット・ヨハンソンが、マーヴェルの一員になるはるか以前、a long long time agoです(笑)


さて次に、最近来日したJonas Blue(ジョナス・ブルー)。この人はイギリス系だが、おそらくアラブ系の出自ではないかと思われる。曲は「We Could Go Back」

この曲は、「僕たちはやり直せたのじゃないか」という後悔が歌詞に率直に書かれている曲で、ギターのリフが印象的な佳曲。
PVは、お台場、ゆりかもめ、虎ノ門、東京駅丸の内口、新宿東口、裏原宿といった「定番」をロケーションで撮影。コレオグラフィーが映像に変化を与えていて、色彩もカラフルだ。ここで出てくる「日本人」のイメージは、日本を異文化として経験する人たちからの視点の「日本人」でしょう。しかし、「日本人」にも、この裏原で出てくる衣装の人もいる。確実にいる。つまり日本人の文化的な境界はいま曖昧になっていると言えそうだ。

さて最後、これも最近来日したばかりのW&WとArmin van Buurenの共作のPVです。曲名は「Ready to Rave」で、意図的にraveというジャンル名を使っているのが気になります。こちらは「日本」の先端的なイメージと上海とドバイらしき都市のイメージが繋がっています。ひらがなと漢字の混交が、新しさを感じさせるのか、これは上記の「Lost in Japan」でも見られる傾向です。

このように東京や大阪らしい光景をプロモーション・ヴィデオPVに入れ込むのは、昨日今日始まったことではなく、ポーター・ロビンソンやポップスですが復活したアヴリル・ラヴィーンなどでもそうですし、中田ヤスタカなども東京をテーマにしたPVが何本かあります。

こうやって見てみると、メガロポリス東京のイメージはすでに一人歩きし、「実際の東京」とは別の、映画「ブレードランナー」を体現している場所、それがリアルな「東京」という位置付けに完全になったのだろう。
東京人は外見ではその意思を表情に出さず、あるとき突如動き出し、一方ふだんは会話もしないというイメージだけが生産、コピーされる。そういった行動が、未来的なものを東京を通して提示していると見られているのだろう。(この項おわり)

「リベラル・アーツ講座」 第2回を 開催します

前回は、開催日2日前に予想外の定員となり、たいへんありがとうございました。

さて今回は
「20世紀ファッション史と政治」
というテーマを選んでみました。スキャパレリからシャネル、ディオールといった服飾の変化は社会の変化とつながっています。また戦争や政治の影響もあります。それを追ってみましょう。美しい服の画像をたくさん見てもらおうと思います。
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この講座の趣旨は、こちらをご覧ください!
https://thefuturenews2.com/2017/10/18/%E3%80%8C%E3%83%AA%E3%83%99%E3%83%A9%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%84%E8%AC%9B%E5%BA%A7%E3%80%8D%E3%82%92%E9%96%8B%E3%81%8D%E3%81%BE%E3%81%99/

リベラル・アーツ講座概要
2017年2月13日(火曜日)、日本橋浜町Hama House 2F
19:00〜21:00(18:45から会場受付)
講座費、3,000円(食事、1ドリンク付き、税込、当日支払い)
定員12名限定。
条件:リベラル・アーツに関心があるあらゆる人
なお事前に予習範囲が出ます。今回は文庫本一冊←今回は予習なしにしました。

場所、URL:
東京都中央区日本橋浜町3-10-6 Hama House
URL: http://hamacho.jp/hamahouse/

申し込み:お名前、年齢、性別、連絡先(携帯電話番号)、所属(簡単にで構いません)を書いていただき、crowtanaka@gmail.com までメールをくださいませ。確認のメールを追ってお送りいたします。

アクセス:東京メトロ、半蔵門線、水天宮駅から徒歩約6分。出口5からが便利です。浜町駅からもほぼ同じ距離です。1階がカフェです。その中に入ってお問い合わせください。

講師プロフィール
田中 公一朗
国際政治研究者、音楽社会学者。 予備校講師。音楽プロデューサー。上智大学、駒澤大学非常勤講師。 著書に『マイルス・デイビス』(勁草書房)、 『あたらしい音楽の教科書』(プリグラ・パブリッシング、共著)など。論文も多数

イビサ島への行き方とホテル、クラブなど

テクノやハウスを聴きに行くイビサ島

イビサ島はよく知られているが、日本からは行きにくいこともあり、あまり情報がないです。今年(2017年9月上旬)、イビサの音楽調査に行ったので、いまさらですが簡単に紹介します。

イビサ島

スペイン南部の島。近くにはマヨルカ島もある。世界で新しい音楽が生まれる場所のひとつ。とくに、ハウス(フューチャー・ハウス)、ベース・ミュージック、トランス、EDMなどの潮流はイビサ島で作られると言われている。

世界で先端的な音楽が生まれてくる場所は、現在だと、このイビサ島、それからアムステルダム、パリ、ベルリンなどのドイツのいくつかの都市だろう。そこで誕生した音楽が、アメリカに波及し、さらに世界に拡大していると言える。

たとえば、EDMはアムステルダムで2011年ごろに生まれ、ほぼ同時にイビサ島で発展し、2012-13年にアメリカでも流行した音楽で、それが日本に波及したのが2014年と考えていい。すでにピークを過ぎた音楽ジャンルだが、日本や、東南アジア、中東ではいまも人気があり、ジャンルとしても確立したと言えそう。もちろん、なんでもかんでもイビサ島で生まれるのではなく、北欧、とくにスウェーデンなども考えるべきだけど。

さて、そのイビサ島だが観光地でもあります。島全体が世界遺産で、フェニキア人の遺跡という見所もある。島の中心部には高齢者が多くくつろいでいて、マリーナ付近には富裕層の最先端超豪華クルーザーが並ぶ。

イビサ島にどう行くか

日本からは遠く、羽田、成田や関空からだと16時間はかかる。標準的なのは、まずヨーロッパまで行き、たとえばロンドンやパリ、アムステルダム、フランクフルトから直行便でイビサに飛ぶ。意外と直行便は多く、イビサ空港(空港コードはIBZ)はいつも離着陸が頻繁。私はエクスペディアで取りましたが、ここがベストな選択かはわからないですね。どちらにせよ、飛んでいる便の多くがLCC。出発時間が遅れることもあるので、ここは注意です。
EU域内居住者はもちろん行きやすいし、アメリカやカナダに住んでいる人も、より行きやすい。
イビサへの直行便が取れない場合は、バルセロナ経由になる。バルセロナ=イビサ便は多いので、こちらの方が取りやすい。飛行時間は40分程度。

日本からは中東経由で行く手段もあり。エミレーツ航空やエティハド航空(ここは利用したことがある。個人的にはおすすめ)を使い、ドバイやアブダビに行き、そこからヨーロッパに入る。こちらの方が費用は安い。ただし時間は相当にかかる。
旅行代理店による「イビサ島ツアー」もあるだろうから、それを利用するのも手ではある。

どこに泊まるか

ホテルはたくさんあるが、いわゆるアメリカ系やヨーロッパ系のチェーンホテル、スターウッドやハイアット、アコーグループのホテルはない。バジェットホテルを含めてない。ヨーロッパだから当然とも言えるが、逆にそれぞれに味があるホテルがいろいろな価格帯で存在している。Airbnbを使うのも一法。
https://www.airbnb.jp/

クラブに行くのがメインであれば、メインストリートのあたりか、マリーナ付近に泊まるとクラブへの移動距離は短くなる。公共交通があまりないので、移動は車かタクシーになるからだ。バスは使いやすいと思うが、たまたま乗らなかった。Uberは使えない(2017年末現在でもそうです)。
もし予算にうんと余裕があって、1泊5万円以上払えて(笑) しっかりしたホテルに泊まりたいならばイビサ・グラン・ホテルがよいかもしれない(泊まっていないので、念のため)http://www.ibizagranhotel.com/en/

一方、Airbnbならば1泊5,000円くらいから。ホテル価格は時期により大きく変わる。とくにここイビサ島はリゾート地であり、ドイツからバケーションに訪れる人が多い。つまり7月上旬から8月下旬あたりがハイシーズンなので、ホテル価格も上昇する。私はPachaに泊まった(前払い、後述)。

クラブはどこにあるのか

主要なクラブは6つ。
アムネシア、ウシュアイア、DC-10、パチャ、ハイ・イビサ、プリヴィレッジ。場所は空港近くか、山側か、マリーナ側かの3つに分散している。
それぞれは相互に遠くない。たとえば、イビサ空港から中心部のダラゴ通りまで、距離で10km、タクシーだと20分くらい(約20ユーロ)。下の地図でタグづけしたあたりが扇の要、「中心」になるので、この付近からだとどこへも行きやすい。

スクリーンショット 2017-12-29 23.00.39

クラブのチケットの買い方

はじめはわからなかったのがこれ。直接、当日券的なものでいいのか、それともチケットを業者が売っているのか。結果的には両方あり。ただオススメの方法としては、マリーナ付近のカフェで「直接」チケットを買うのがいい。現金だけでなくクレジッドカードも使える。

だいたいどこのクラブも50ユーロから60ユーロとかなり高め。人気があるDJの場合は前日か当日昼までに買っておくとよいかと思います。

ウェブでも買えますが、一度指定されたカフェに行ってチケット(といってもQRコードがプリントされたレシートかスマホ)と引き換える必要があり。手間がかかります。

どのDJが出ているのかは
https://www.ibiza-spotlight.com/night/club_dates_september_i.htm

ここで調べます。
非常に優れたサイトで、過去に誰がブッキングされていたかもわかる。
ちなみにパチャPachaだけは、ホテルに泊まると道路を挟んで反対側のクラブに無料で入れるという宿泊者特典がある。安いホテルではないが、この分お得。このホテルは今年創立50周年を迎え、サマー・オブ・ラヴの時代からロックやクラブカルチャーを支えてきた拠点的な場所。それにしても徒歩3分にクラブがあるというのはとっても便利。深夜でも問題ない安全度。

IMG_2904
Hardwell  at Ushuaia

治安はいいのか?

いいです。ただスリや置き引きには注意。また夜の一人歩きはしないといった程度。でも本当に治安がいいです。
逆にクラブの入り口ではドラッグのディーラーがいるのでそちらは注意。関心ないといえば去って行く。私はドラッグにも泡パにも一切関心がないのでそれ以上は詳しくない。

最後に、時差問題

どこから行くかにもよるが、日本からだと時差調整がむずかしいかもしれない。日本を夜にでて、機中でぐっすり眠れれば、時差に苦しむことはない。また個人差もある。しかし、クラブが盛り上がるのは深夜3時ごろから(世界的に同じ)。私は時差に馴れるのに2日かかりました。仮眠をして、「クラブ標準時」に合わせる方法もあります。
たとえばですが、クラブイヴェントで開始が夕方5時からで、深夜12時ごろに終わるものがあるのでそこに行き、時差に馴れるのがいいんじゃないでしょうか。その場合でもクラブに行くのは夜8時以降でいいです。

そういえば他の見所

近くの島には往復のフェリーが出ています。これは「あり」ですね。むしろ行くべきか。いずれにせよ、7、8月はこの地域は混みます。(現地でも観光客が多いことが問題になってます)。
さすがにコンビニはありませんが、スーパーは探せばあります。またセレクトショップからファストファッションまで揃っています。これぞ地中海という感じはバルセロナより強いです。まず、飛行機を予約して、ホテルを取って、現地でチケットを買う、という順番でいいと思います。
というところで、簡単なご紹介でした。いいところです。

「リベラル・アーツ講座」 を 開催します

「リベラル・アーツ講座」を開催します。
幅の広い教養が重視されているいまの時代。この時代に沿った講座を開設したいと思います。

リベラル・アーツは、中世のヨーロッパで生まれた考え方ですが、現在のリベラル・アーツは「実践知」としての意味が強いでしょう。つまり知的な興味だけではなく、実際になにかを実行する際や、また仕事や家事などといった日常でアイデアを出すときに有効になってゆく知的な要素です。

3年前に「リベラル・アーツ講座」をすでに5回開きました。そこで扱ったテーマは「チャーチルのダンケルク演説」「現代中国」「行動経済学」「デザイン思考」「新しい中世」です。私自身が講義準備で多忙になってしまい、いったん中断しましたが、余裕ができてきましたので、12月より再開します。

この講座では、様々なテーマを幅広く扱いたいので、関心があるテーマはもちろん、「関心が直接ないテーマ」にこそ出席していただきたいです。いままで関わりがないと思っていたことに興味関心、関わりがあることに必ず気がつくことでしょう。
たしかに、社会人入試や放送大学といった社会人用の大学制度が用意されています。それももちろん重要な働きを持っています。この講座ではさらに広域にわたる知識をもち、考えてゆく能力を高めたいと考えています。

元々は、私自身の予備校、塾時代の「教え子たち」が、また講義、授業をやってほしいと訴えてきました。それはもう7、8年前になります。それは30歳前後の男女数人から、ほぼ同時期に聞こえてきました。
社会人になると、なかなか本を読んだり、映画を見て、新しい知見や考え方に触れることが激減します。とくにいまの時代だと労働時間が長く、新書を読むのもむずかしくなってきます。そうなると大学時代に知ったことや身につけた考え方に頼るだけになり、30歳前後になると行き詰まってくる、こういう趣旨だったと思います。
その状況をなんとかしたいし、また少しはできるかもしれない、とりあえずやってみよう、と友人にも相談してみて初めてみました。

その際、念頭にあったことがあります。一方的な講義にならないようにしよう、そのためにはリラックスしたなかで、集中して議論できる環境にしよう、そして食事を摂りながら、飲める人はお酒も呑みながら議論や考えを勧められたら!と。美味しいものを食べながら、知的なこと何人かで考える、というのはまさに理想的な状況でしょう。そしてそれができる場所が見つかりました。

私一人ですべてを講義してゆくには限界があります。軌道に乗せて特定分野の講師も招聘したいと思います。

多くの場合に予習範囲が出ます。仕事をしながらでも読める短いものにします。最長でも新書1冊。それをベースに、「講義とディスカッション」という形にしましょう。やる気、意思がある人でしたら、どなたでも大歓迎です。

では、お待ちしています!!

リベラル・アーツ講座概要
2017年12月5日(火曜日)、日本橋浜町Hama House 2F
19:00〜21:00(18:45から会場受付)
講座費、3,000円(食事、1ドリンク付き、税込、当日支払い)
定員12名限定。
条件:リベラル・アーツに関心があるあらゆる人
今回のテーマ
映画のみかた 映画にセリフは不要だ? −−フィルム・スタディーズ入門
内容概略:映画を観る人は多いと思います。その際に、映像の質を監督やカメラマンの目線で見ると映画の理解度、意図が飛躍的に高まります。映画はストーリーも重要ですが、より重要なのは画面です。その画面がどのように出来上がっているか、それを学びます。写真にも通じることです。研究が進んでいるフィルム・スタディーズ(映画学)を参考にしながら、映像に関してのリテラシー、見抜く力を高めます。

場所、URL:
東京都中央区日本橋浜町3-10-6 Hama House
URL: http://hamacho.jp/hamahouse/

申し込み:お名前、年齢、性別、連絡先(携帯電話番号)、所属(簡単にで構いません)を書いていただき、crowtanaka@gmail.com までメールをください。お手数をおかけします。確認のメールを追ってお送りいたします。

アクセス:東京メトロ、半蔵門線、水天宮駅から徒歩約6分。出口5からが便利です。浜町駅からもほぼ同じ距離です。

講師プロフィール
田中 公一朗
国際政治研究者、音楽社会学者。 予備校講師。音楽プロデューサー。上智大学、駒澤大学非常勤講師。 著書に『マイルス・デイビス』(勁草書房)、 『あたらしい音楽の教科書』(プリグラ・パブリッシング、共著)など。論文も多数

トランプはなぜ当選したのか Why Trump?

疲れているアメリカ Tired American

なぜドナルド・トランプ氏のような暴言を吐き、また一方的にツイートをする候補が大統領になったのだろうか。それはあまり解明されていない。いくつかの視点から、大統領になり得た社会・経済的な要因を探ってみる。

アメリカの分断 生き残っている地域はどこか The Devided

トランプ氏が得票をし、選挙人を獲得した理由に「ラストベルト」Rust Beltを挙げられることは多い。しかしそれだけで説明は不可能だろう。

たしかに工場が中国やメキシコに移転してしまい、製造業が衰退したケースはある。典型的な例が自動車産業だ。

2013年7月、デトロイト市は連邦法第9条を申請して破綻した。自動車産業の衰退にプラスして、リーマンショックから立ち直れなかった自動車産業からの税収減、これが大きかった。さらに同市はスワップ取引で運用をしていたので、債務が一気に増加。人口は最大時より1/3に減少している。空洞化がいまも続いている。

しかしこれは五大湖周辺のことである。俯瞰で大きく見てみると、アメリカ人が全体としては疲弊しているのがわかる。

たとえば、現在のアメリカ人はアメリカン・ドリームをそれほど信じていない。若い人たち、18歳から29歳までのいわゆるミレニアル世代に尋ねると、48%が「アメリカン・ドリームは終わった」と回答する(ハーヴァード大政治研究所調べ、2015年)。
所得でみると中流階層(5階層分類の3位、わかりやすく言えば真ん中へん)は縮小している(ワシントン・ポスト紙、2015年12月10日)。ミドルクラスの崩壊はたしかに起きている。

また高齢者であるベビーブーマー世代も痛んでいて、リーマンショックによって年金の支払い額を減らし、また資産も失っている。日本の高齢者が為替と物価(購買力平価)の差を使って海外で「豊かな」生活するように、アメリカの高齢者もメキシコで暮らして生活の質を上げようとしている。アメリカ人(国籍所有者)で海外において暮らす人は実に900万人にのぼる。

一方で、ロサンジェルス、ヒューストン(シェールガスをはじめエネルギー産業が活況)、ニューヨーク、ボストン、アトランタ、シカゴといった都市は景気もよく、シカゴを除くと治安も良好になっている。絶好調とも呼べる。だがしかし、クリーブランドは「バルカン半島化」していると言われるし、バッファローやフォートローダーデールといった都市は産業が少なく苦戦している。ちなみにシカゴは財政再建をエマニュエル市長が行なっている最中である。それが歳出不足になりインフラ悪化に繋がっている。いまや全米一の犯罪率になってしまった。

つまりアメリカの中で繁栄しているのは、次の4つの条件に当てはまるかどうかだ。
ITに関係しているシリコンバレーに代表される地域か、サプライチェーンの中に組み込まれている産業があるか(部品工場、航空機産業や軍事関係)、中国や日本から投資があるか、そして民営化を進めているか、この4条件だ。

それ以外の地域は経済的にも低調で、組合を独自に組織したり、ある種のマイクロファイナンスを開始してしのごうとしているという状態だ。

たとえば、デンバーを中心としたコロラド州では、企業誘致地域(EZ、エンタープライズ・ゾーン)を策定、企業や個人に対する税制の優遇を行ない成功を収めている。こういう日本でいう「民活」をすれば、人材を海外からも呼べる地域が残っている。
http://choosecolorado.com/doing-business/incentives-financing/ez/

反面で無策になっている地域は貧困か最貧に落ち込んでいる。具体的な場所は書きにくいが、アリゾナやルイジアナを挙げることはできよう。

ではシカゴという大都市を抱えるイリノイ州は全体が貧しいのかというと、そうではなく、一部の富裕層はシカゴに住んでいるが、シカゴの外縁、そして州レベルで見ると貧困地域になっている。再開発地区は地価がむしろ上昇している(シカゴはオバマ前大統領が若いころ住んでいた土地でもある)。ニューヨーク、ロサンジェルスなど軒並みこの構造であり、都市の中心部は再開発で治安がよくなり、周辺部は貧困層が住むというパターンだ。飛行機で離着陸の際に見ているとその差が一目瞭然である。

北米貿易自由連合 NAFTA

北米の自由貿易の連合体に中に入っている地域は、雇用は十分ある。そしてアメリカの西海岸はアジア化、中国・韓国化している。

というのも、中国人富裕層は中国政府を信用できないのでアメリカの資産や土地、家屋を購入している。有名な話だ。中国人の憧れの地カナダもここに関与する。資本や人が実際に入ってくる地域が米加西海岸なのだ。それでバンクーバーは最近ホンクーバーと呼ばれたりする(香港化するバンクーバーの意、パラグ・カンナ『「接続性」の地政学』)。

またメキシコとの関係もアメリカは強い。メキシコは原油を産出するが、国営企業ベメックス社は、メキシコからアメリカの奥深くまでガスパイプラインを敷設することで米系企業ブラックロック社などと合意隅である。トランプ政権はこの契約をどうするだろうか。政府と民間と契約だが。

また、年間250万台の車を製造しているメキシコの車工場では、自動車部品の2/3をアメリカの部品供給会社から購入している。

このことでメキシコには雇用が生まれ、アメリカ人がメキシコに移民している。アメリカからメキシコへの移民の方が逆よりも実数が多いのだ。

さらに考えることはある。

アメリカは水がない。とくに西部は恒常的、慢性的な水不足に陥っている。アメリカはカナダからパイプラインで水を供給する必要がある。カリフォルニアからグレート・プレーンズはすでに水が不足しがちだ。もし乾燥が原因でこの地域が干ばつになると、大豆、とうもろこし価格は上昇し、日本の食卓を直撃するだろう。

アイデンティティの争い Identity Politics

貧困地域から、中産階級まで、アメリカではいまアイデンティティやジェンダーに関する闘争も進行中だ。この原因は多様だ。おそらく最大のものは、ハンチントンが指摘している「エリート階層と一般大衆の間」(大都市)、そして「ヒスパニックと白人の間」(特に南部からフロリダ)、ここに巨大な切れ間、断層線がある(『分断されるアメリカ』)。

この対立が、たとえば白人とアフリカ系(「黒人」)の対立になり、警官の銃撃事件から対抗意識がエスカレートしている。あくまでもこれがアメリカの現象の一部なのだ。

例を挙げると私自身、昨2016年に20年ぶりに調査でマイアミを訪れたが、そこは英語とスペイン語の2重言語地帯へガラッと変わっていた。標識から空港、駅の表示などたいていが2言語で、警官もスペイン語を話す。
マイアミの中心部の道路は比較的舗装されていたが、走っているタクシーは古い車で、支払いは逆にアップル・ペイが使えた。インフラはまだこの地域では維持されているが、タクシー運転手や会社には新車に変える余裕がないのだろう。Uberを使うと掃除の行き届いた日本車が来る。

むしろヒスパニック系の方が所持品が豊かと言える面もあった。これは「白人」からすれば、許せないと思うのも無理からぬところかもしれない。だからといって差別的な言動を取ることとはまた別のことだ。

まとめ Summary

・アメリカでは産業が盛んな都市は人を惹きつけているが、そうでない地域が都市レベルで多い。貧困化、途上国化が起きている。行政は追いついていないことが多い。

・貿易でこそアメリカは成立するが、仕事がメキシコや中国に流失していると考えることも可能だ(大勢としては間違っているのだが)。

・民族間の対立が潜在的にあり、それが顕在化しているのがここ数年のこと。

さらにアメリカの水不足問題、それから電力供給、飛行場不足、道路や橋、鉄道といったインフラ未整備、大学はインド系や中国系留学生でいっぱい、教える教員もアジア系という大学状況、こういうものが横たわる。そしてだめ押し的に中国人が関わってくるようになって問題が複雑化している。

こういう状況だ。

ここまでくれば、トランプ氏が大統領になってゆくのも理解できるだろう。彼の移民政策やテロ対策、「もう一度アメリカを偉大にする」という意味もわかってくる。請求書に民も官も追われていて、アメリカは疲労の度を深めている。

たんにポピュリズムや反知性主義だけでは説明がつかない部分がこれで明確になっただろうか。

個人的には、トランプ大統領の現在の発言はまったく賛同できない。しかし、これがデモクラシーである。トクヴィルがかつて見たようなアメリカの民主制はもはやない。アメリカはこれからさらに混沌としてゆく。対立する軸があまりに多いからだ。もっともそれはチャンスにもなっている。チャンスを活かせればだが。

(田中公一朗)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

米中戦争は起きるか? US-China War?

中国とアメリカの関係

トランプ政権は、オバマ政権以上に中国の海洋進出、とくに南シナ海への進出に対して反対を表明している。それに対し中国外交部(外務省に相当)は即座に反論し、南シナ海は中国の領海であることを確認。こういう言動上の対立だけではなく、実際に米中の間では、艦船や戦闘機の異常接近がしばしば起きている。
では、今後、米中戦争はありえるのだろうか。南シナ海や台湾での戦闘行為である。

結論から言えば、「ありうるがここ数年である可能性は低い」とするのがもっとも妥当だろう。

なぜそう言えるのか、その根拠を列挙してみる。

 

中国の軍事的劣位

中国軍(人民解放軍)は陸軍中心だ。確かに陸軍は大変強力だし、兵隊の数も多い。一方、海軍は艦船面では規模は小さい。アジアでは最大規模とはいえ、アメリカ軍とは大幅に見劣りがする。
直近で、中国海軍が力を入れているのは潜水艦(ディーゼル)、それと対艦ミサイルだ。潜水艦については対潜水艦戦(AWS)の能力は海上自衛隊に比較して低い。原子力潜水艦は2隻のみ稼働中(商級)。潜水艦の哨戒能力もまた持ち合わせていない(大型哨戒機は4機保有のみ)。


(中文。対艦ミサイルが映っている)

また駆逐艦やフリゲートは現在増強中で、艦船の数もたしかに増えている。空母(北海艦隊所属の一隻のみ。フランス軍も一隻だ)については喧伝されすぎている。対空母ミサイルについてはたしかに有効かもしれない。

むしろ空軍に関して、ロシアから購入したり(たとえばSu-35)、イスラエルと共同開発をしている。いわゆる第5世代と呼べる戦闘機があるが、ステルス性能とエンジンの能力にはまだ足りないと考えられる。

中国が力を入れているのは「ロケット軍」であり、中国大陸から台湾や日本を射程距離に入れている。いわゆる短距離弾道ミサイルである。約1,200発のミサイルが台湾を標的としている。

それからよく話題になるいわゆる「空母キラー」、対艦弾道ミサイルだ、爆撃機や駆逐艦、潜水艦から発射可能。これは確かに警戒すべきだろう。

しかし、こうやって見ると、戦闘がもし起これば中国軍は米軍(と戦闘地域によっては日本の自衛隊)と戦うことになるが、海上と潜水艦の能力では劣勢に立つ。これは2020年までは変わらないだろう。

サイバー軍や宇宙軍はむしろ中国軍は米軍と同等か優位に立っている。

中国の国際社会における位置

中国政府は国際社会の中で残念ながら「尊敬」されているわけではない。それは、中国が国際的な枠組みを遵守しているようにみえないからだ。商品のコピーから始まり、政府主導と思われるハッキングを仕掛け、またアフリカで、援助の名を借りた「中国のための開発」を行っているからだ。では、多くの国家が中国と関係を密にするのはなぜか。それは貿易のためである。経済的な繋がりなのである。

たとえばAIIB(アジア投資銀行)のような新しいアーキテクチャを作成すると、多くの国が加わるが、それは利害関係ゆえだ。中国は「一帯一路」構想を実行しているが、たとえばミャンマーを見ればわかるように、各国は必ずしも中国を信頼しているのではない。もし、中国が国際公共財の価値を守り、また公共財の作成に乗り出せば話は別になる。しかし現政権ではその流れはない。

一方のアメリカだが、トランプ政権になって、国際的な貢献をする方針は変更されてきている。しかし、ISISの撲滅という大義は依然唱えている。撲滅はアメリカのためとはいえ。これはアメリカへの「信頼」にまだかろうじてなりうる。

中国経済とアメリカ経済

米中は経済的には相互に依存している。中国の最大の輸出先はEU(18.7%、輸出額ベース)、ついでアメリカ(18.2%、いずれも2014年)。アメリカの輸出先は中国が第3位、輸入は第1位である。またアメリカの財務省証券を購入しているのは中国政府である。つまり米政府の負債を中国が買い取っているという構図だ。

この相互依存はまさに今後トランプ政権でどうなるかはわからない点である。しかし、短期間にこの関係が壊れるのは考えにくいことだ。もっとも、いまは考えにくいことが起きる時代ではある。

 

中国の政治 習近平政権の正統性の根拠 

習近平がなぜこれだけ大きな影響力を持っているのか。実はその根拠は明快ではない。言い換えれば正統性は見つけにくい。
たしかに腐敗撲滅によって支持はされている面はある。一般市民からすればそう言える。また共産党内部ではある種の恐怖政治が起きている。なぜ同僚の追い落としを徹底して行っているのだろう。これはむしろ政権の基盤が弱いとみることも可能だ。
また習近平政権で中国の国内問題はゆっくりだが解決されつつある。たとえば戸籍問題のような都市と農村部を分断させているものを解消する方向に持って行ったのは大きい。農民の不満はこれで一時的に消えるかもしれない。だからといって習近平の権力基盤が強固だと見るのは違う。あまりに敵を作りすぎている。

ここまで軍から政治までを見てきたが、中国が戦闘を行う可能性が少ないことがわかるだろう。権力基盤は強くなく、経済的にも大きな損失であり、また軍も敗北する可能性がある。

とはいえ、ユーラシア・グループがリスクに挙げているように、中国が過剰反応する可能性はある。またトランプ政権の誕生でアメリカが過剰反応する可能性も生じてきた。

企業は備えるべきか

備えるべきだ。日系企業は、米中戦争を考える必要はすぐにはない。しかし可能性は高まって行くだろう。いったん戦端が開かれれば、数週間は戦争になる。中国大陸に進出している企業は、破壊工作などに備えておく必要はある。また台湾が戦場になることはありえる。その際は、沖縄など日本の米軍基地と自衛隊基地は中国の攻撃対象になる。

このことを考慮すれば、東アジアや南シナ海で戦闘が起きることはできるだけ回避すべきものだ。しかし、「ツキュディデスの罠」、つまり新興国の中国が戦闘を起こす可能性は捨てきれない。

 

参考文献(最小限のもののみ)
渡部悦和、『米中戦争』、講談社現代新書、2016
ピーター・ナヴァロ、『米中戦争』、赤根洋子訳、文藝春秋、2016
三船恵美『中国外交戦』、講談社メチエ、2016
『防衛白書』
ジェトロ
https://www.jetro.go.jp/world/asia/cn/stat_02.html
人民網
Rand Report
Eurasia Group Top Risk 2017

 

Tokyo Embraces Wagner’s “Die Walküre” by Koichiro Tanaka

New National Theater spotted clear lights to the gigantic work of Richard Wagner’s signature, Die Walküre in Tokyo(October, 18, 2016).

As for the performance on the stage, the main characters are weil-thought and highly well-organized. Such as Stephen Gould (Siegmund), Greer Grimsley (Wotan), Irene Theorin (Brünnhilde), and Elena Zhidkova (Fricka). It constitutes some powerful Meistersingers in sufficient volume of voice. We know those singers, who might be taken for granted, it does not mean a good stage. Partly because this is the performance of 6th day of the work of this new production, I can clearly see the desire and love for power that each God has in their mind. Also acting eight Valkyries ensemble tightly. Those factors entitled a fine opera of Wagner.
spice-eplus
(C) Masahiko Teraji ( Eye catch picture also)

The success of the orchestra should and would have a special to mention. Tokyo Philharmonic Orchestra is not regarded as good at the pit of theater. But this time IS different. It became gradually good from the 1st day . The last day the tempo was rather fast that made orchestra’s parts fit.
Brass section blows strong sound that is indispensable for Wagner’ s. Contrabass works hard as well. It still does not remain anxious for the pitch, however, these two big points: brass and contrabass sections, two of the center of the ellipse, constructed “Der Ring” world.
T.W. Adorno wrote somewhere citing Richard Strauss that ” Der Ring des Nibelungen , every night has different orchestration,”. The Theater should aim to be so in the future.

The production of the 1990s of Goetz Friedrich looks old. Half-baked simple. High-tech-at-that-time reminds us of old style stage. But let me think about this. Old-fashioned production of this opera draws attention to the conflicts of Gods just we have got to see the singers. This in turn makes audience watch the drama itself. It works very good.

“Der Ring des Nibelungen” sets to perform next year “Seignfried“ and “Götterdämmerung”. “Die Walküre” has already shown the bankruptcy of Gods that comes from pursuing the will for power. Terrible. When Gods perish from the world, human has nothing to rely on. And the bankrupcy is quite near.


highlights  from SPICE movie,
–Tanaka Koichiro

International Relations researcher, and musicologist. Lecturing at Sophia University, Tokyo

『ワルキューレ』ステージ批評

個々の要素がそろわないと全体ができあがらない。そういうことは少なくない。サッカーの試合はそうだろうし、野球だってそうだ。1人の優れた選手がいてもそれだけでは試合に勝てると決まったわけではないし、試合が「おもしろい」かどうかは保証できない。舞台芸術の場合もそうで、特にオペラの場合はストレートフラッシュのように揃えるべきカードが多い。
そのカードがきれいに揃ったのが18日の公演であったといえよう(新国立劇場、2016年10月18日、楽日)。
2016-10-15
(C)寺司正彦(アイキャッチ画像含)

ワルキューレの「ストーリー」自体はそれほど複雑ではない。「神であるヴォータンWotanが権力欲から問題を起こす」ということになる。
もうすこし詳しく書けば、1幕では兄であるジークムントと妹のジークリンデとの間での近親相姦が、2幕ではヴォータンとその妻フリッカとの合理性に関する「喧嘩」があり、そしてヴォータンの娘ブリュンヒルデによる父への反抗がある。3幕でその父と娘の確執からヴォータンはブリュンヒルデから神性を奪い、岩山に閉じ込めてしまうという展開である。

昨日の公演では、この主要登場人物を演じる歌手でもあり演者でもあるキャストがよく考えられてものだったということだろう。ステファン・グールド(ジークムント)、グリア・グリムスレイ(ヴォータン)、イレーネ・テオリン(ブリュンヒルデ)、エレナ・ツィトコーワ(フリッカ)といった歌手陣が、それこそ歌合戦のように十分な声量でパワフルな舞台を構成していた。それぞれが有名な歌手たちであるので、当然と思われるかもしれないが、歌手を集めれば優れた舞台になるのではない。この新制作の作品の公演6日目になったからか、演劇として観ても欲望や葛藤がストレートに出ていた。これはなかなか起きないことだ。また8人のワルキューレたちのアンサンブルも演技も、ヴォータンと向き合う立場を明確に出していた。

オーケストラの活躍も特記したい。東京フィルハーモニー管弦楽団は、正直なところオペラの舞台を得意としていない。だが今回は違った。初日から徐々によくなっていった。最終日はテンポが早く、その分「のれた」のかもしれないが、金管が強い音を出せていたことと、コントラバスの音がしっかり聴こえていたことは大きい。確かにまだ音程に不安が残らないではない。しかし、これはワーグナーの音の世界の2つの大きなポイント、楕円の2つの中心なのだ。またチェロを始めとした弦も細かく音を刻めていたし、パーカッション、ハープも充分にバランスのよい音を作っていた。

アドルノがどこかでリヒャルト・シュトラウスを引きながら「『ニーベルングの指環』はどの作品もそれぞれオーケストレーションが違う」と書いていた。もしそうならば(たぶんそうなのだ)作品ごとに音色の違いがあることを今後は目指してほしい、こうオーディエンスとして願う。

ゲッツ・フリードリッヒの1990年代の演出は古びて見える。中途半端に簡素なのだ。また使われているテクノロジーも旧式だ。だがパトリース・シェーローのような抽象性でもなく、METのようなプロジェクターで画像を映してゆくことでもなく、具象物を置く演出でもなかったことで、聴き手が歌手に集中する隙間が開かれた。それが昨日の舞台の成功の要因だろう。

飯守泰次郎の指揮は、明確に指示を出すものではないので、歌手は歌いやすいとは言えないかもしれない。昨日に関してという条件をつければ、音量のバランス、アゴーギクといった点では楽しめた。それは充分なダイナミクスがあったからだし、オケにほとんど不安がなかったからだ。

この作品『ワルキューレ』は、通称『リング』、楽劇『ニーベルングの指環』4部作の中での2作めに相当する。
リングは荒筋として「神々が指輪をめぐって権力闘争を行って自滅し、人間の時代が来るところで終わる」(『神々の黄昏』)。18日の『ワルキューレ』は『ラインの黄金』を受けて、この後の展開も充分予想させる中で静かに終わってゆく。神々がどうして破綻したのかをすでに暗示している。そこが恐ろしいところだ。神々が滅びたら、人間は何に頼ればいいのか。また、ここでの神々は極めて人間臭い。まるで人間の破綻を暗示するかのように。そこまで考えさせる舞台であり、ひとつのオペラではなく「楽劇」になっていた。
(田中公一朗)


ゲネプロ動画(SPICE movie)