衆議院の強行採決について    LDP’s Gloomy Paradox

政党を選挙で選ぶとき、投票者は「その政党は憲法や常識を守るだろう」と思って投票します。実際には、この予想や信頼はあまりにも当然なので、投票時は無自覚です。つまり選挙民は政党が公約通り、合理的に行動するだろうと期待をしているのです。

かりに、一時的な感情の高まりや、非合理的な発想で、国家の方針の大きな変更が可能だと、国家の道を誤ることがあります。そのときは正しいように見えても、中期的には誤った選択をする。そういう事態を防ぐためにも、条文化された憲法があります。そして条文はそう簡単には変えられないようにしています。

現安倍政権は、憲法自体を変えませんでした。変えられなかったと言っていいでしょう。それでどのような策を取ったのか。
下位法を新しく創設したのです。平和関連法案ですね。この法律が成立すると、憲法はなし崩しになります。自民党がこういう行動にでるだろうと事前に予想して投票行動をした人は少ないでしょう。政党支持率が急落をしたのを見るとそうみなせます。

個別に法律を大量に作成すれば、憲法は「事実上」de facto無効になる。内容上、違憲の法律が立法されると、最高法規であるはずの憲法がその地位から滑り落ちます。極論すると「もはや憲法はいらない」ということにもなりかねません。

裁判所には、違憲立法審査という機能がありますが、これは主に最高裁判所が、個別の争点の中で発動する権利ですから、当分は作られた法律は効力を持ってしまうでしょう。
その間に、超越的な法制度、つまり裁判所の違憲立法審査を無効にする法律の立法も可能だとも言えます。20世紀前半の歴史を思いだすと、政府に全権力が移譲されることになります。

現政権はここまではおそらく考えていないと思いますが、憲法を一部とはいえ空文化したのは、たいへん由々しき自体だと思われます。このことはリベラルのみならず、保守的な人にとっても望ましくないでしょう。社会は不安定になり、書かれた規範=憲法という根拠を失うのですから。鈴木崇弘さんが「超然内閣」とお呼びになるのに、まったく同感です)。
 

ここで、他の政党が憲法の空文化を防ぐことができればいいのですが、そういう政党は日本には見当たりません。自由民主党と公明党の連立政党だけが立法ができる3分の2以上の議席を持っています。自由と民主が、自由民主党によって失われてゆきかねません。imgres

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【予告編】ビジネスパーソンのためのリベラル・アーツ講座 #ビジリベ 

トレーラー(予告編)を作ってみました。ご覧くださいませ。


次回は少し時間を頂きまして、8月後半の予定です! 大きなビジョンを扱う予定です。

日本の安全保障 委員会強行採決の日に

日本国憲法の「矛盾」

日本の国家防衛は、アメリカとの「日米安全保障条約」が中核になっている。もちろん自衛隊が独自に、また米軍と共同で陸海空そしてサイバー部門で活動をしている。

もうひとつ、日本の国家防衛、さらには外交など国際的な関係は、国際連合中心であるということも太い軸になっている。国際強調路線だ。

国際連盟や国際連合をなぜ作ったのか? それは悲惨な戦争を勢力均衡では止められないので、「集団的安全保障」で止めるようにしよう、ということだ。

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現在の日本国憲法は、集団的安全保障(=1国に対する侵略はあらゆる国に対する侵略であるということ)も、集団的自衛権(国連憲章第51条に記載)も認めていない。同盟の外部からの侵略に対してもつ自衛権、それが集団的自衛権だ。
最高裁は「個別的」安全保障のみに権利としてあるとしている(判例、各種議論あり)。

集団的安全保障や、集団的自衛権を認めないこと、それは日米安全保障条約や国連中心外交に矛盾しているといえる。矛盾があるならば、それは国防上の矛盾や「ねじれ」であるからいつか取り払われるべきだと個人的には思う。

平和法制の諸問題

しかしだ。
今回の与党自由民主党と安倍内閣による「平和法制」だが、問題がある。たとえば、違憲立法の疑いがきわめて強い法案をなぜ強行採決で決めるのか? それもこれほど焦って。また自民党が呼んだ参考人も法案は違憲だろうという立場だった。

とりわけ最大の問題は、「平和安全法制整備法案要綱(5)や(6)」だ。以下部分引用。

…事態の経緯、事態が武力攻撃事態であること、武力攻撃予測事態であること又は存立危機事態であることの認定及び当該認定の前提となった事実
(二)事態が武力攻撃事態又は存立危機事態であると認定する場合にあっては、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がなく、事態に対処するため武力の行使が必要であると認められる理由…

ここでいう存立危機事態。この概念が政府間で一致していないことが最大の問題だろう。定義も曖昧だ。

つまり日本やその同盟国がどういう事態になったら「存立危機」なのかがわからない。
ミサイルが撃たれそうになったら(「前」)それを存立危機と呼ぶのか、それともミサイルが撃たれたら(後)が存立危機なのか。そこがわからないのだ。

現状では、それは状況によりけりで、判断は内閣に一任されている。それは予防的な先制攻撃への道も一気に開かれる。これは「敵」の眼には日本が脅威と映るだろう。

どこの国も「さて、これからミサイルを撃ちますよ」と宣言してからミサイルを撃ちはしない。だとすると日本は法律上先制攻撃をしやすくなり、相手国も秘密裏に、あるいは公然と攻撃の意思をしめしやくなる(このあたりはゲーム理論参照)。

簡単にいうと日本と他国との戦闘行為は起きやすくなる。あるいは緊張状態を招きやすくなる。

アメリカでは10年ほど前に予防的preemptiveな攻撃がネオコンから主張された。テロリストが住んでいる中東を攻撃することが安全保障につながると考えたのだ。その平和を望んだ考え方の帰結は、アフガニスタン戦争とイラク戦争になり、結果として現在の中東の混乱やISISを生む一因になった。
その点をよく考えたい。

ギリシャ危機2015  Beginning of Policing by US and Greek Debts

ギリシャの債務をめぐるいつ果てるともない話し合いが続いていたが、いったん決着がついたようだ。
ギリシャははたしてユーロから離脱するのか。離脱して、独自のIOUのような通貨を使い、しかしその通貨は信用されず、ハイパーインフレになるのか。物価はジンバブエ並みに高騰し、ギリシャは混乱、左翼政権が生まれてゆくのか。そして結局はEUから離脱。こういう可能性はいったんはなくなったのだろう。

さて、ここで「ギリシャの財政問題」が国際社会の大きな転機になった例を挙げてみたいと思う。同時になぜギリシャが話題になるのかということも考えてみたい。

まず、ギリシャは第2次世界大戦の際、1940年秋にイタリア軍に攻め込まれている。ときのベニート・ムッソリーニは、ヒトラーのナチス・ドイツが快進撃をし、ヨーロッパ地図を自分の国家の色に塗り替えてゆくのを見た。そのことに強烈な劣等感を抱いたとされる。そこでイタリア軍は旧式な軍隊にもかかわらず、バルカン半島を我が物にしようと試み、海軍を中心にギリシャを攻撃した。

予想に反し、ギリシャ軍は果敢に反撃、この地の戦闘は長期化の兆しをみせた。そこでナチスはソ連の攻撃を遅らせ、ギリシャにドイツ軍を派遣する。ドイツのソ連への攻撃が遅れたことが、「バルバロッサの戦い」の結果に影響したと考えられる。同盟軍イタリアが色気と嫉妬でギリシャを攻めなければ、ドイツはモスクワを手にしていたかもしれない。

ドイツ軍の強力さはいかんともし難く、ギリシャ軍は降伏する。現在のギリシャでは、このときのナチスへのレジスタンスは語り草であり、いまでも高齢者の間のプライドの源泉になっている。ここにギリシャとドイツの関係がある。(この点は、今回の債務交渉の際に話題になった)。

さて、ナチスドイツが敗北を帰し、国土が瓦礫となったときに、残ったもの、それはドイツの負債である。1938年のドイツのGDP換算で約300%の負債。はてしてこれはどうなったか。アメリカが国務長官マーシャルによるいわゆる「マーシャル・プラン」によって、補填されたのだ。そして駐留米軍は、新しい通貨をドイツ・マルクDeutsche Markとシンプルに名付け流通させた(The Economist、Albrecht Ritschl, Jun 15th 2012参照 )。アメリカとしては、市場としてのドイツがいちはやく経済的に立ち直ることを望んだといえるし、共産化しないようにという予防の意味もあった。

ここに、ドイツ、ギリシャ、イタリア、アメリカ間の複雑な関係がある。

というのは、この直前の1947年2月、アメリカではこんなことがあったのだ。

米アチソン国務長官は、駐米イギリス大使アーチボルト・カーより書状を受け取る。
戦後ギリシャは「財政破綻状態」で、共産主義反政府勢力と内戦状態にあり、イギリスはギリシャ政府側を支援していた。ギリシャ政府はイギリスに対してすでに2億5,000万ドルの緊急支援を求めていた。そして支援額はこれからさらに膨らむのは明らかだった。

ギリシャがソ連によって社会主義化するのを防ぐ、そういう役割がイギリスにはあった。しかし、イギリスには財政的な余裕がなく、そこで「アメリカにギリシャ(それにトルコも)の支援を引き継いで欲しい」そういう書状だったのだ。

WWIIで、イギリスはドイツとの戦いに国富の1/4を使い、対外債務は120億ドルにまで膨張していた。そこでアトリー労働党内閣は、「国民の税金をギリシャにちびちびと与え続けるのはやめる」べきだと主張した。

それまで孤立主義を取っていたアメリカは、この英国の提案をきっかけにして、対外的に「武装勢力や外国による征服の試みに抵抗する自由な人々を支援する」方針が生まれる。これがトルーマン・ドクトリンである。世界の警察的な役割をアメリカが持ち、イギリスから「覇権」的な位置を引き継いだのはまさにこのときである。(ブレット・スティーヴンス『衰退するアメリカと「無秩序」の世紀』参照)

このあたりのギリシャの独立と社会主義化については、ギリシャを代表する映画監督テオ・アンゲロプロスの映画『旅芸人の記録』をみるとよくわかる。これは予告編なので一部だが、ギリシャ内戦の状況が伺える。

さて、現在のギリシャ危機と、1947年のイギリスからアメリカへと覇権が動くきっかけになったのがギリシャであるというのは偶然なのだろうか? あまりそうとも言えないだろう。英仏独といったヨーロッパの中核的な国家から見ると、バルカン半島からトルコは、欧州の辺境であり、また「オリエント」「中近東」と接する地域でもある。そしてそのすぐ向こうにはロシアやイスラーム圏が広がる。

イギリス、そして後のアメリカからすれば、このバルカン半島を影響下に置くのは「辺境」だからこそきわめて重要なことだろう。第1次世界大戦も、よく知られているようにバルカン半島、セルビアの暗殺事件からドミノ効果的に世界へと波及していった。
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(画像は、ギリシャのレジスタンスによるドイツ軍支配下の橋梁破壊写真。アテネ、軍事博物館、撮影は筆者)

このようにギリシャとイギリス、アメリカ、ヨーロッパの関係を回顧してみると、どうしてギリシャが軸になって議論が進むかがわかってくる。ギリシャなのだ。スペインでも、ポルトガルでもない。
今回のギリシャ危機は2011年からほぼ4年をかけて、一応の解決をみた。それはこのギリシャに、ギリシャ以外の国家や地域が絶大な関心があるからだ。だからギリシャからすれば交渉のしがいがあり、交渉は長引き、合意を見たと思うとそれはあっさり覆され、趣旨がわからない国民投票を行う。そして今日を迎えたのだ。

ギリシャといえば、古代ギリシャ悲劇が有名だ。これはギリシャ喜劇とセットで上演されるものだった。今回の「トロイカ」とギリシャ政府の交渉は真剣なものだったが、一方でどこかコミカルな演劇を見せられているような印象を多くの人がもっただろう。それはこれが悲劇だからだ。歴史はこのようにして繰り返す。
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(アテネ、シンタグマ広場。幾多の政治的な闘争の場になった。そして今回も)

ビジネスパーソンのためのリベラル・アーツ講座、講義録(一部)

ビジネスパーソンのためのリベラル・アーツ講座 第2講、現代中国、ハイライト

ここでは、この「リベラル・アーツ講座」の一部を文字でご紹介します。およそこの程度の水準の議論をしています。この日の参加者は9名で、若い人は20代前半から、30代後半という年齢層でした。
(なお、画像は北京の天安門。撮影は筆者)

田中(公一朗):本日の講義では5年後、10年後の日本の政府、企業等が中国とどういう関係を持ったらいいのかのシナリオを考えて頂こうと思います。
日本はアメリカや東南アジアとの関係をどうすればいいのか。今後もアメリカと軍事同盟を保ちながら、中国とうまくやっていけるのでしょうか。
過去の歴史を見ると現状のままで中国とうまくやっていくのは非常に難しいことは分かりますよ。

まず、前半では「これからのシナリオ」のベースとなるものを解説します。

21世紀を一言で言い表すとなると基本的には「米中関係の時代」と表現できる、という考え方があります。米中関係が今後どうなるのかはさておき、この2国関係で今後様々なことが決まってくるのではないでしょうか。日本のことだけを考えていても仕方なく、また中国のことだけを考えていても仕様がないのです。
とはいえ、50年後の世界を予想しようとしてもそれはなかなか難しい。また、来年の予想も難しい。しかし、5年後や10年後は比較的推定しやすいのではないでしょうか。そして、その中の日本の立ち位置を考えましょう。
今、日本国内では中国に対するイメージは非常に悪く、世論調査ですと約90%の人が中国に対してあまりいい感情を持っていないという現実があります。

そこで我々、つまりここにいる一人一人が何を考えたらいいのでしょうか。

では、始めましょう。

(配布の)資料の最後のページに地図を付けてあります。皆さんあまり中国の地図をじっくり見たことはないと思います。特徴的には自治区が設定されています。例えば一番北西の方にはチベット自治区があります。他にも「市」で動いているところもあり、行政単位は自治区と市、省とそれぞれ異なります。
重慶、上海、天津、北京の4つの市がありますね。ここは人口も多く、経済的にも発展していて、他のところからは別扱いになっています。
更に、広域で中国の地図を改めて見ると東側は海に囲まれているということが分かります。一方、中国の西側は閉じていて、旧ロシア、カザフスタンやインドとの国境に接しています。

このように、何かを考えるときに地図があってそれをじっくり見るとその国の広さや国際関係が分かり、自分で地図を書いてみると非常に学習になります。

(中略)

では、中国とはどのような国家なのでしょうか。
それをまずは明確にしておく必要があります。一番短く言うと中国は「共産党」の一党独裁の国家です。次に加えるとすると、「一国二制度」です。デモクラシーもありますがそれは香港とマカオのみ。
毎年お正月に必ず共産党主席がCCTV(中国の国営放送)でスピーチをしますが、そこで「中国の皆さん、そして香港とマカオの人たち、台湾の人たち」と呼びかけます。そして最後に「世界の人たち」と。そのような順番なのです。「台湾は自分の土地」であるというもは中国からは譲れない点でしょう。

さて、です。
どこから考えるか、という問題がありますが、こちら、日本の都合を考えるだけでは仕様がないです。したがって、まずは中国の全体像を掴む必要があります。中国にはどのような強みがあり、どのような弱点があるのか、またそれをどのように隠そうとしているのかを洗い出しましょう。そのことにより、こちらとしては弱いところを攻めればよいし、強いところと戦うのは危険である、ということが考えられます。

田中なりにまとめてみますと中国は非常に強がっていますが、逆に国家的には色々と弱点があります。まず、一番大きな弱点は「多民族国家」であるということ。国としてのまとまりがなかなか付きづらく、通常7個の言語で構成されていると言われています。民族の数を数えるのはとても難しいですが、中国政府は56個あると公式には発表しています。
しかしです、そもそも「民族」が何を指しているのかは非常に不明確なものであることを忘れられません。例えば日本の中ではアイヌ民族がいますが、彼らを「日本人」とは別の「民族」とするのであれば、日本には民族は2つある、ということになります。中国が多民族国家であるということであるならば、何か統合させるきっかけが欲しいということになります。逆にきっかけがないと中国は分解してしまう可能性がありす。

特に内モンゴルやチベット自治区は、言語圏も宗教も違います。特に最近注目されている新疆(しんきょう)ウイグルではテロ問題があります。
ISはウイグルに対して「我々に加われ」と呼びかけをしていますよね。ウイグルでもしISの動きがあったとしたら、中国は非常にキツくなってしまいます。ISは遠くの話ではないのです。中国にもし飛び火したら、日本も思いっきりこの問題と関わることになります。更に、中国の中が政情不安になるでしょう。私自身は非常に身近な話であり「自分事」としていつも思っています。

二つ目の弱点は「経済格差」です。この問題は「戸籍問題」とも言えます
ちなみに戸籍のある国は世界では日本と中国しかないと思います。日本で言う住民票みたいなものしかないわけです。例えばアメリカですと社会保障番号しかありません。戸籍のように自分がどこで生まれ、どういう家族構成であるかという情報は通常残さないのです。
そのようななかで、中国には「都市戸籍」と「農村戸籍」の二種類の戸籍があります。実はその戸籍を動かすことが出来ません。それが「戸籍問題」なのです。

ところで、この2つの戸籍は1955年ぐらいから始まりましたが、なぜ始めたのでしょう? どなたかわかりますか?

参加者A:統治のため?

田中:はい、統治のためではありますが、何の統治でしょう…この頃はまだ毛沢東の時代です。農村の人たちは農村戸籍、湾岸部の都市民たちは都市戸籍をもらっていて都市戸籍の方が色々と有利です。たとえば、社会保障制度はちゃんとあり、大学に行きやすいような制度があり、医療制度がしっかりしています。農村戸籍にはそれがありません。

当時の中国の一番の問題は食料問題でした。もし経済が発展したとしても食糧がないと、農村部の農民が都市部に出て来てしまった場合農業をやる人が減ってしまいます。なので「農村戸籍」で農業をする人を確実に確保し、彼らの移動を難しくしてしまいました。つまり、中国の中が「世界」のような状態になった。食糧の供給地と食糧の消費地。アメリカは「規模の大きい国」と我々日本人は認識していますが、中国の人口13億というのはアメリカの4倍です。このスケールの違いはひじょうに重要でしょう。

最近になって「居住証」という住民票のようなものを作り、戸籍問題を修正しようとしています。中国で農民工がいるのは、この2種類の戸籍があるからなのです。農村部にいる人が、たとえば上海に引っ越せばいいのですが、それが出来ないシステムになっているのです。
それで彼らの家族はもともとの農村部に残り、お父さんなどが都市部に出稼ぎに来て、仕送りをしていることが多いのです。出稼ぎをしている人は、旧正月等には帰省します。約1億人程移動しているのではないかと言われています。この出稼ぎがあることで農村部の貧困は大幅に解消され、大体5億人が飢餓状態を脱出したと言われています。

(以下、略)

では、中国の強みは何かと言うと、

  • 華僑と華人の強いグローバルネットワーク

中国人同士はくっつきます。ここで、華僑と華人の違いを明確にしましょう。華僑は中国国籍を持ち、海外に出ている人です。華人は中国国籍を持たず、海外の現地に溶け込んでいますが、中国の文化を保ち、中国語も話している人たちです。このネットワークはシンガポールや大都市にあるチャイナタウンによく見られます、日本だけでも横浜や神戸、池袋にあります。このように彼らは集まって、互助システムをつくります。

  • 政治的な統合

つまり、デモクラシー的な話し合いがないので、話がとても早いのです。リーダーがしっかりしていればどんどん物事は進みます。例えば、大抵の企業の場合、意識決定はデモクラシー的には決められてはいません。それが企業のガバナンスであり、それがあまりにも過激になると大塚家具のようになってしまうので(笑)、今は社内取締役を取り入れ、透明度をあげ、要するにコーポレートガバナンスもしっかりしましょう、という話なのです。

基本的にリーダーがしっかりしていて、世の中をもしっかり見ていて、会社として何ができるかを考えていれば展開は早いですよね。「独裁」と言うと良いイメージはありませんが、共産党以外の政党は認められていないという状態にも利点はあります。
この巨大かつ分裂しやすい中国に色々な政党が存在しますと、恐らく独立運動がすぐに起きてバラバラになり、四散してしまうでしょう。『三国志』のように。だから共産党が一党支配しているのには、ある程度必要性があるのではないかと思います。その代わり、資本主義を導入しています。しかし、資本主義といっても国、共産党が色々なところで介入しています。

確かに政治システムは共産党の一党支配ではありますが、2つの時代があります。わりと分権的になるところ、つまり地域ごとに「ご自由にどうぞ的」の時代と、「北京で色々全部やります」という時代が割と交互に来ています。

今の習近平政権はは集権的、つまりcentralizeしている時代かと思われます。今、中国では「腐敗撲滅運動」がすごいですよね。重要人物が逮捕され、企業の重役クラス等も様々な理由で(例、法律違反、賄賂を貰っている)証拠があまり表に出ることはなく逮捕されています。
さらにここ最近の2、3年では、どんどん強権的になっていて、つまり「自分もターゲットになるのではないか」と疑心暗鬼になり、そのことで習近平の権力基盤がどんどん強くなって来ているのです。

ではここで質問です。

Q:中国の首都は北京ですが、一番重要な場所は天安門です。北京はもともといつ重要な場所になったのでしょうか?

はい、回答です。

A:12世紀ですね。モンゴル帝国がここを都市開発しだしたのがきっかけです。それまでの中国は北京が中心部ではなく、「中原」が中心部でした。地図からみて分かるように北京は非常に辺境にあります。

では、次にクイズです(笑)

Q:天安門のすぐ北側に「紫禁城」があります。明清時代の王朝の、とても大きいお城がそのまま残っています。そのすぐ隣に「白塔寺」がありますが、これはいったい何の宗教のものでしょう(プロジェクターで画像を示す)

参加者:チベットですか?

田中: そうです。モンゴルの人たちのチベット仏教です。アニミズムとチベット仏教の両方が今のモンゴルの人たちの間で信仰されています。この塔はモンゴル=元朝時代に建てられました。今でもここにお参りしている人がいます。我々も二十元程で入れます。

共産党は通常宗教はすべて取っ払います。マルクス=レーニン主義的に言うと「宗教は民衆のアヘンである」(マルクス)なのです。実際ソ連ではキリスト教が徹底弾圧されました。しかし、中国では不思議なことに宗教が残りました。白塔寺がチベット仏教のものであると気付くと、「北京はもともとモンゴルの首都で、その上に乗っかっているのが現代中国なのか」とびっくりします。

ところで、食べ物は北京とは上海とでは全く違います。北京料理では、お肉といえば羊か牛が出てきます。とても美味しいです。香港でお肉といえば豚が出てきます。中国の飲食店はどこも美味しいです。絶対外れませんし安いです。日本で言えば福岡みたいな感じです。

(別の画像を示し)この写真に写っているのはもう亡くなってしまったアンガス・マディソンの仕事です(中略)

ここで考慮すべきことは、もともとは紀元0年から1700年まではインドと中国が重要地域であり、ここわずか200年程の間ヨーロッパやアメリカが強かったのです。それはこのようにグラフ化してすごく引いて見たら「今の時代が異常である」という結論にも至ることができます。私も最初これを見たときは「インドと中国はこんなにも凄かったんだ」と驚きました。

(中略)

アメリカ人は中国の経済問題にどのような関心を持っているでしょうか。

アメリカは大量に負債を抱えています。構造的に言うと現在の中国とアメリカはくっついています。中国は物を大量に作り、アメリカは中国の製品を大量に買います。リーマンショック前のようにアメリカは借金をして物を買います。アメリカが中国の物を大量に買っているので、中国にはどんどんドルが溜まっていきます。アメリカは国レベルでも個人レベルでも借金を抱えています。その借金を補っているのが中国であり彼らはどんどんリッチになります。
つまり、アメリカ国債を一番買っていたのは中国であり、お互いに依存しあっています。したがって基本的にアメリカは中国に強く物事を言えないという事情があります。

日本の人たちがよく話題にする「共産党が潰れる時期」ですが、普通に考えるとありえません。しかし、最近ではエジプトの独裁政権が倒れてしまうような予想をしにくい時代ではあるので、何が起こってもおかしくはないです。
ただし、エジプトと違い、中国の80%以上の人が今の共産党の方向性に満足しています。また、共産党を支持している人たちも大体70%はいます。これらの数値は基本ずっと変わりません。しかもこのデータは中国が調査したものではなく、アメリカの調査機関が調べたものなので、かなり信頼できるデータだと思います(プロジェクターで映されたデータを参照しています)。

参加者:共産党員って、割合としては半分くらいを占めてますか。

そうですね。自分たちの利害と国の利害がわりと一致しているので、デモクラシーの過程で中国がバラバラになってしまうと自分も困るな、という考えがあります。また、市レベルでもかなり動きがあります。例えば、先程の地図を見た、上海市や重慶市の市長はものすごい権力を持っています。ここで経済成長をすることに成功すれば、中央政府に行くことができます。今の習近平も上海出身です。

私が去年上海に行った時に上海の共産党の建物の近くに行きました。夕方5時過ぎになると黒塗りのものすごく高級な車が大量に出てきました。怖くて写真は撮れませんでしたが(笑)ばっちり見ていました。「あ、こういう社会構造ですか」と思いました。上層部の高級幹部の人たちは凄く高い所得だと思います。民衆は「ちゃんとやってくれてればいい」と見て見ぬ振りをしている状態です。更に、ネット上ではこの構造に対する批判はありません。

ここで一つ誤解を解きたいのですが、中国の中で発言の自由はもの凄くあります。ただし、共産党批判だけが絶対駄目なのです。それ以外の分野では私の知っている限り日本よりずっと自由だと思います。中国の人はネット上で日本の2チャンネル以上に好き勝手に書いています。また、18禁の内容も日本以上に書かれています。そういうところを考えるととても自由で(何が自由か、という問題もありますが)放任的です。ただし、1989年の第二次天安門事件やデモクラシー活動に関することだけは話してはいけないのです。
それは共産党の一党支配にヒビが入るからであり、そこは非常に強く取り締まっています。それで、中国ではFacebookやtwitterのアクセスは不可能です。しかし、何故かiPhoneからだとFacebookやtwitterはアクセス可能ですがLINEは使えないようです。これは日本に流れている情報とは異なっているものですね。

(中略)

参加者(学徒)B:先程中国人の共産党に対する満足度が80%であるとおっしゃっていましたが、それは農村の人も含んでいるのですか?

はい、そうだと思います。

B:そうであるならば、日本は親中になっていくのではないかと思います。戦後日本はずっと親米的であり、アメリカ的資本主義や民主主義の価値感が続いて来ましたが、ISを見て分かるようにそこにはほころびが生じていると感じています。そのような点から考えると、これからの日本は新しい価値観を模索して行くのではないかと思います。
そうなった時に、中国人が共産党に満足しているという現状があり、同時に米中関係も悪化していくのであり、地理的な要因も考慮すれば日本が親中になるのではないでしょうか。

田中:日本は親中を目指した方がいい、ということですか?

B:はい、目指したほうがいいと思います。

田中:一つ確認させてください。共産党への満足度が高いということと、日本が親中になるということはつながっているのですか?

B:中国の国民自体が共産党政府に満足しているじゃないですか。日本の中でも経済格差とかで満足していない人が増えている状態の中、今までのアメリカのでない新しい価値観を模索し出すと思います。

それはつまり、日本人はデモクラシーを捨てる、ということですか?

B:デモクラシーを捨てる… そうなっていくのかもしれません…

田中:権力をどんどん中心に集中させていく形になるということでしょうか。中国型の政治システムを目指す方向に行く、ということですか? すごく面白い発想ですね。

B:そうですね、それで日本人も満足するのではないでしょうか。だって、中国人がその政治システムに満足しているのがものすごく面白いと思いました。

また、中国の中では共産党批判が駄目なだけで、表現の自由は日本以上にあると田中先生がおっしゃっていました。日本は逆に発言の自由がないというか、あるけれども自粛しています。そのような中、安部さん(注:首相のこと)が目指している方向性を考えるとそのシナリオが国民を親中路線に傾かせるのではないかと思います。

田中:中期的には起こりうる、ってことですかね。それにしてもものすごく面白い発想だと思います。学者ではこのように考える人は絶対いないので(笑)

ただ、決してあり得ない状況ではないですよね。現に日本では投票率が50%を切っていることから考えられるように、日本人が色々と考えるのが面倒くさいと思ってしまったら、その可能性はゼロではありません。
そうなると日中同盟が出来あがり、欧米と対抗することですか?

B:そうですね。

田中:なんだかすごい図柄ですね。インドはどこに付くのでしょう。アメリカ側についてしまうかもしれないですね。

B:インドと中国の領土問題は今のところ解決したのですか?

解決していないです。

参加者C:私がこの問題を考えた場合、まずアクターから一つずつ見て行きました。アメリカですと、完全に国債を持っているのは中国なので、やはり中国依存は続くでしょう。東アジアの韓国も完璧に中国依存です。GDPを見ていても80%は中国から来ています。
他のアジア諸国を考えると恐らく今後影響力を持つのはインドとインドネシアです。この2カ国は東南アジアにおいて比較的中国と領土問題のない国として位置づけられるのではないかと思います。

田中:つまり中国の「核心的利益」からはずれている、ということですね。

C:はい。そして恐らくこの2カ国は将来成長するので、中国は手を組む様な方向に行くと思います。中国自身を見ますと、先生がおっしゃっていた中国の弱点としてもう一つ挙げられるのが「地方財政」だと思います。中国は表面上ですとGDPは上がり、成長率は7%に定着しているように見えますが、現実では地方財政は中国地図の「市」以外では本当に危ないと思います。

田中:金融システム自体問題でありますし、中国は日本と同様の地方財政の問題を抱えています。

C:そうですね。AIIBを作るのも中国の地方財政をどうにかしよう、という裏の意図があるのではないかと私は考えています。中国の周辺諸国は中国依存のところが多く、もしくはWin-Win関係にあります。また、中国自身も地方財政やその他の問題をどうにかしようと、周りの国やアメリカと同盟を組む方向性にあると思います。

ちょっとそれをまとめると、中国は味方が多いということですか?

C:味方、というよりWin-Win関係にある国が多いのだと思います。

アメリカ、インド、韓国、インドネシアはそれぞれ中国と互恵関係がある、ということですか? その割に中国は孤立化し、問題視されることが多いですよね。

C:それでも、経済的側面は大きいのではないかと思います。したがって、米中関係や東南アジアとの関係を考えたとしても、悪化する可能性はあまり考えられないのではないかと思います。

田中:つまり、「この質問の仮定がおかしいよ」ということですか?

C:はい。それで世界の流れがそのようなものであるならば、少子高齢化がやばい時点で日本は絶対に一人ではやっていけません。ですので、日本の「ぼっち路線」はそもそもあり得ないと思います。また、中国とアメリカのどっちとも同盟を組まない、というのもあり得ないと思います。中国とアメリカが仲良くして行く中で日本はアメリカの軍事的傘下にいるのでアメリカの言うことを聞く必要があり、中国との経済交流も増やして行くのではないかと思います。

D:世界のGDPの比率の推移を表すグラフを見て疑問に思ったのが、あと数年で中国のGDPはどのくらいあがるのかな、ということです。

田中:そんなに大きくは変わらないでしょう。

D:経済成長が続いている限り、利害関係は一致していますし、人々の満足度が高い状態は続くでしょうが、その打ち止めはいずれか来るのでしょうか。

田中:私の意見を言わせてもらうと、中国で一気に不況が来ることはないと思います。人口の規模があまりにも大きすぎるからですね。過去の日本の場合を考えると、今後あまり成長は続かないでしょう。しかし、中国の賃金はだいぶ上がっているものの、まだまだ貧困層はいます。つまり、発展の余地が十分まだあるのです。湾岸部だけを見ているとかなり豊かになっています。しかし、内陸部に行くとまだまだ貧しいところが多いのです。

日本の場合「地方都市でも車を持っています」という状況でありますが、その状況が中国にすぐにやってくるとは思えません。ここのところずっと中国はバブル状態でありもうじき崩壊する、と言われています。これはあるいは崩壊願望かもしれませんね(笑) そうしたら日本の地位が上がるので。けれどもそれは結局いまだに起きていませんし、そう簡単には起きないでしょう。

(以下略 このあと飲食をしながら、より濃い会話が展開。「一帯一路」「新常態」についてなど)

当日配布した参考文献表の一部

劉傑『中国の強国思想 日清戦争から現代まで』、筑摩選書、2013
毛利和子、園田茂人編『中国問題』、東京大学出版会、2012
スティーブン・ローチ『アメリカと中国 もたれあう大国』、田村勝省訳、日本経済新聞出版社、2015
浅野亮、川井悟編著『近現代中国政治史』、ミネルヴァ書房、2012
ジェームズ・スタインバーグ、オハロン『米中衝突を避けるために』、村井他訳、日本経済新聞出版社、2015
ロナルド・コース、王寧『中国共産党と資本主義』、栗原百代訳、日経BP社、2013
加地伸行『中国人の論理学』、ちくま学芸文庫、2013
梶谷懐「中国 習近平体制の行方(中)」、日経新聞、2015年3月26日付
ヤーコブソン、ノックス、『中国の新しい対外政策』、辻康吾訳、岩波現代文庫、2011
平野聡『大清帝国と中華の混迷』、講談社、2007
川島真編集『チャイナ・リスク』(シリーズ日本の安全保障5)、岩波書店、2015
(この最後の本の第1章を課題論文にしました)

「ビジネスパースンのためのリベラル・アーツ講座」を開きます

教養という乗り物へ

現代では、科学技術の圧倒的な変化もあり、ものごとが次々に変化してゆきます。そしてその変化に追いついてゆくだけでかなりのエネルギーを割く必要が出てきます。

この圧倒的な社会変動に対し、私たちはどのように対応したらよいのでしょうか? その場しのぎを避けるにはどうしたらいいのでしょうか? そもそも対応方法はあるのでしょうか?

「ある」と考えています。

人の行動そのものは古代からそれほど大きく変わったわけではありません。人と話し、言葉や文字で会話をする。交渉もあります。愛情や憎しみも生まれるでしょう。歌を唄いますし、戦争や平和もあるでしょう。

時代や地域によって、それぞれ単語の意味は異なっていますが、人類はそれほど違うことをしてきたわけではありません。

話題が大きくなっているように見えます。そんなことはありません。わたしたちは、そのような大きな人類の流れ、人類の進む矢印という乗り物の上に乗っています。人の3,000年以上にわたる過去が生んだ大山脈にいるのです。ただ、人はそれを意識しません。多くの場合無自覚です。それは「いま」「現在」の課題を解くのに精一杯だからです。これを書いている私自身そうなりがちです。過去のことは自分には関係がないと思う。自分が立っている地面が自分を支えているのに、その地面は自分には関係がないと考えます。

自覚なく乗っている乗り物、あるいは立っている地面。それを「教養」「リベラル・アーツ」と呼ぼうと思います。その乗り物がどこから来て、いまどこに向かっているか、また地面はどのように出来上がっているのか。このことを捕まえられれば、生きている上での不安はなくなります。過去としっかりと手をつなぐことができるからです。

21世紀初頭、さまざまな暴力や、荒々しい言動を見ることが増えました。しかし一方ではわたしたちは、理想的な社会を目指したいとも願います。飢餓はなく、子どもは十分な食事を与えられ、老人は平穏に暮らせる社会です。どうしたらいいでしょう?

そこでこそ技術が必要になるのです。この技術は人が目的を持っているときに、それをどのように実現させるか、という技術です。英語ではpractical、またそこで使われるのは「実践知」(practical knowledge)と呼ばれるものになるでしょう。これは大学で学ぶ学問とは少しだけ違います。学問の場合は理論的な体系性を重視します。現実にどのように対応したらいいかを教えてくれるわけでは必ずしもありません。とても抽象的だからです。これは学問否定ではもちろんありません。学問を十分に受け継ぎながら、ビジネスという場において有効になるような知識、実践的な知、このようなものを身につけてゆく。そのことがいま一番求められているのではないでしょうか。
混沌とした時代に実際に対応できること。そして過去のすでに亡くなってしまった人々の仕事としっかりつながり、それを自分の心の平安と、現実をよくすることに活かすことに使うこと。これが必要なのではないでしょうか。「ビジネスパーソンのためのリベラル・アーツ講座」を開く理由がここにあります。

2015年4月9日   田中 公一朗

詳細はこちらまで。さっそく、来週、再来週と開催いたします。考えたあとは、ゆったり食事を摂りましょう。サロンやシンポジウムのような形を考えています。
http://peatix.com/event/79675/view 

音楽を つくること

音楽をつくる。
自分で音楽をDTMでつくりはじめて4年弱。
ほぼ完全ゼロからはじめて、まだまだアマチュア。とはいえ、わかったことがあります。
そのひとつは、ミキシングの難しさ。音のバランスですね。音楽作成では最後のほうの工程です。ミキシングのような重要なことがわかっていないで音楽評論をやっていたことを恥じることはありませんが、知っていれば違うことも書けていたでしょう。

いまの時代は音に「力」が求められます。音圧という言葉も数年前にずいぶん流行りました。
これはすなわち「音量」ということですが、その強さが求められています。たとえば最近のEDMの流行のなかでは、ビットクラッシャーやディストーションを音にかけ、音を歪ませます。あるいはEQ(イコライザー)で特定の音域帯を強調します。

そういうこともDTMならば手軽にできます。PCと、DAWとUSBキーボード(1万円以下のものもたくさんある)があれば始められます。
10年、いや15年前だったら、音楽作成にはスタジオを借り、ミュージシャンを呼び、録音をし、ミキシング、トラックダウンはまたプロに頼んで、という規模が大きなことになりました。この工程での音楽作成はいまでも可能ですが、ほとんど同音質で、あるいはそれ以上に変わったことをキーボードから入力して作ることが可能です。
音圧をあげることで、フラットな音楽が好まれていきます。小さな音(ピアノ)と大きな音(フォルテ)の差が大きい音楽、つまりダイナミクスが大きい音楽ではない。たとえばクラシック音楽だと、音の強弱が激しいですが、そういう指向ではない。
これが音楽の「進歩」なのかどうかはわかりませんけれども、そういう趨勢、トレンドだなのでしょう。

これはあくまでも私自身が作っているものですね。アナログシンセ部分がヴォーカルの音のラインです。これを作るのに3時間掛かっていません。曲作りからなにから入れて。もしよければ耳を傾けてみてください。

東京オリンピック2について The Olympic 20/20 in Tokyo

東京のオリンピックとパラリンピックが予定されています。2020年ですね。

このオリンピックに関してさまざまな思惑があり、やっと旧国立競技場の取り壊しがはじまり、オリンピックの構想をより練りあげようというのが現在でしょう。

東京オリンピックは、オリンピック、パラリンピック、テクノピックの3つ、とくにその後半の2つに焦点をあてたらどうでしょう。パラリンピックを中心に据えるべきという為末大さんのアイデアももちろん素晴らしいと思います。かつてない試みですから。
そこにさらに、極東のアニミズムの地である日本、その東側で行われるというオリンピックであるということを考えたら、ロボット、アンドロイド部門があっても、なにも不思議はないでしょう。またこういう思考方法は、ヨーロッパからは出て来にくいでしょう。

近代オリンピックは、人種差別主義者とも言われるクーベルタンによって提唱されています。その後の流れを簡単にみてみます。
1920年のアントワープ大会からいまのオリンピックに近い形になり、1936年のベルリンオリンピックから、国威発揚の位置付けがオリンピックに与えられました。クーベルタンはヒトラーと親交をもっていました。その後、1964年の東京オリンピックから、「途上国」がインフラ整備をする機会としてオリンピックの意味が変わりました。

現在は、オリンピックには2つの特徴が入り混じっていると言えます。北京オリンピックや、次回2016年のリオデジャネイロのオリンピックのような、インフラ整備型のオリンピックがひとつ。もうひとつは、2012年のロンドン大会のような、都市の中心部で既存の設備を生かしながら行うオリンピックです。東京はコンパクト・オリンピックであることを打ち出していますから、ロンドンの系譜に入るでしょう。

またパラリンピックは、2004年アテネ大会より本格的に行われ、いまに至ります。

2度めの、そして返上した1940年の会を入れると3度めの東京オリンピック。ここでなにか特徴を出し、東京(日本)のブランド価値をつけて行くとした場合、すでに展開しつつあるロボット、アイドロイド、ガイノイドの枠を作るのは十分にありでしょう。
このことは日本のロボット産業にさらに火をつけるに違いありません。産業が発展するには、社会的な後押しが必要です。オリンピックの火、聖火をロボットが持って走る、そういうシーンはいままで思い描かれたことがないことでしょう。