中国とアメリカの関係
トランプ政権は、オバマ政権以上に中国の海洋進出、とくに南シナ海への進出に対して反対を表明している。それに対し中国外交部(外務省に相当)は即座に反論し、南シナ海は中国の領海であることを確認。こういう言動上の対立だけではなく、実際に米中の間では、艦船や戦闘機の異常接近がしばしば起きている。
では、今後、米中戦争はありえるのだろうか。南シナ海や台湾での戦闘行為である。
結論から言えば、「ありうるがここ数年である可能性は低い」とするのがもっとも妥当だろう。
なぜそう言えるのか、その根拠を列挙してみる。
中国の軍事的劣位
中国軍(人民解放軍)は陸軍中心だ。確かに陸軍は大変強力だし、兵隊の数も多い。一方、海軍は艦船面では規模は小さい。アジアでは最大規模とはいえ、アメリカ軍とは大幅に見劣りがする。
直近で、中国海軍が力を入れているのは潜水艦(ディーゼル)、それと対艦ミサイルだ。潜水艦については対潜水艦戦(AWS)の能力は海上自衛隊に比較して低い。原子力潜水艦は2隻のみ稼働中(商級)。潜水艦の哨戒能力もまた持ち合わせていない(大型哨戒機は4機保有のみ)。
(中文。対艦ミサイルが映っている)
また駆逐艦やフリゲートは現在増強中で、艦船の数もたしかに増えている。空母(北海艦隊所属の一隻のみ。フランス軍も一隻だ)については喧伝されすぎている。対空母ミサイルについてはたしかに有効かもしれない。
むしろ空軍に関して、ロシアから購入したり(たとえばSu-35)、イスラエルと共同開発をしている。いわゆる第5世代と呼べる戦闘機があるが、ステルス性能とエンジンの能力にはまだ足りないと考えられる。
中国が力を入れているのは「ロケット軍」であり、中国大陸から台湾や日本を射程距離に入れている。いわゆる短距離弾道ミサイルである。約1,200発のミサイルが台湾を標的としている。
それからよく話題になるいわゆる「空母キラー」、対艦弾道ミサイルだ、爆撃機や駆逐艦、潜水艦から発射可能。これは確かに警戒すべきだろう。
しかし、こうやって見ると、戦闘がもし起これば中国軍は米軍(と戦闘地域によっては日本の自衛隊)と戦うことになるが、海上と潜水艦の能力では劣勢に立つ。これは2020年までは変わらないだろう。
サイバー軍や宇宙軍はむしろ中国軍は米軍と同等か優位に立っている。
中国の国際社会における位置
中国政府は国際社会の中で残念ながら「尊敬」されているわけではない。それは、中国が国際的な枠組みを遵守しているようにみえないからだ。商品のコピーから始まり、政府主導と思われるハッキングを仕掛け、またアフリカで、援助の名を借りた「中国のための開発」を行っているからだ。では、多くの国家が中国と関係を密にするのはなぜか。それは貿易のためである。経済的な繋がりなのである。
たとえばAIIB(アジア投資銀行)のような新しいアーキテクチャを作成すると、多くの国が加わるが、それは利害関係ゆえだ。中国は「一帯一路」構想を実行しているが、たとえばミャンマーを見ればわかるように、各国は必ずしも中国を信頼しているのではない。もし、中国が国際公共財の価値を守り、また公共財の作成に乗り出せば話は別になる。しかし現政権ではその流れはない。
一方のアメリカだが、トランプ政権になって、国際的な貢献をする方針は変更されてきている。しかし、ISISの撲滅という大義は依然唱えている。撲滅はアメリカのためとはいえ。これはアメリカへの「信頼」にまだかろうじてなりうる。
中国経済とアメリカ経済
米中は経済的には相互に依存している。中国の最大の輸出先はEU(18.7%、輸出額ベース)、ついでアメリカ(18.2%、いずれも2014年)。アメリカの輸出先は中国が第3位、輸入は第1位である。またアメリカの財務省証券を購入しているのは中国政府である。つまり米政府の負債を中国が買い取っているという構図だ。
この相互依存はまさに今後トランプ政権でどうなるかはわからない点である。しかし、短期間にこの関係が壊れるのは考えにくいことだ。もっとも、いまは考えにくいことが起きる時代ではある。
中国の政治 習近平政権の正統性の根拠
習近平がなぜこれだけ大きな影響力を持っているのか。実はその根拠は明快ではない。言い換えれば正統性は見つけにくい。
たしかに腐敗撲滅によって支持はされている面はある。一般市民からすればそう言える。また共産党内部ではある種の恐怖政治が起きている。なぜ同僚の追い落としを徹底して行っているのだろう。これはむしろ政権の基盤が弱いとみることも可能だ。
また習近平政権で中国の国内問題はゆっくりだが解決されつつある。たとえば戸籍問題のような都市と農村部を分断させているものを解消する方向に持って行ったのは大きい。農民の不満はこれで一時的に消えるかもしれない。だからといって習近平の権力基盤が強固だと見るのは違う。あまりに敵を作りすぎている。
ここまで軍から政治までを見てきたが、中国が戦闘を行う可能性が少ないことがわかるだろう。権力基盤は強くなく、経済的にも大きな損失であり、また軍も敗北する可能性がある。
とはいえ、ユーラシア・グループがリスクに挙げているように、中国が過剰反応する可能性はある。またトランプ政権の誕生でアメリカが過剰反応する可能性も生じてきた。
企業は備えるべきか
備えるべきだ。日系企業は、米中戦争を考える必要はすぐにはない。しかし可能性は高まって行くだろう。いったん戦端が開かれれば、数週間は戦争になる。中国大陸に進出している企業は、破壊工作などに備えておく必要はある。また台湾が戦場になることはありえる。その際は、沖縄など日本の米軍基地と自衛隊基地は中国の攻撃対象になる。
このことを考慮すれば、東アジアや南シナ海で戦闘が起きることはできるだけ回避すべきものだ。しかし、「ツキュディデスの罠」、つまり新興国の中国が戦闘を起こす可能性は捨てきれない。
参考文献(最小限のもののみ)
渡部悦和、『米中戦争』、講談社現代新書、2016
ピーター・ナヴァロ、『米中戦争』、赤根洋子訳、文藝春秋、2016
三船恵美『中国外交戦』、講談社メチエ、2016
『防衛白書』
ジェトロ
https://www.jetro.go.jp/world/asia/cn/stat_02.html
人民網
Rand Report
Eurasia Group Top Risk 2017