パリのテロについて考える Regarding Terrorism in Paris 11/13

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出典:BBC

2015年11月13日、フランスのパリで同時多発テロが発生した。容疑者は9名。その後、実行犯は11名であることが判明。背後には兵站(通信や爆弾製造)を担当したと思われるものがおそらく10名程度。容疑者の内7名がフランス国籍所持者でベルギー在住。(この辺は数字の誤差が報道によってあり)。1人がシリアへの渡航経験が最低1回。

この事件により、フランス政府は非常事態宣言を発令。その後ベルギーも追随。つまり憲法に一時的な制限をかけるということ。令状なしで家宅捜索できたり、現行犯でなくても逮捕できる状態が作られた。これはフランス政府によるフランスの理念の自己否定である。フランスというのは「自由、平等、博愛」の国家なのだから!
フランス政府は寛容性を否定した。その後、この非常事態宣言は3ヶ月間に延長された。フランスはこの間、フランスではなくなる。

また現オランド大統領はこの行為を「Act of War」(戦闘行為)と呼び、事実上の宣戦布告をした。
一方のISISは犯行声明を出している。もちろん実際にこれがISISの攻撃によるものかどうかは証拠がないのでわからないが、これだけ組織的な活動をできるのは、限られた組織だろう。

これは、死者129名、負傷者352名以上、ICUで治療を受けている人が10名以上という悲惨で、言語道断なテロだ。亡くなったり、負傷した人の家族、友人らの悲しみや辛さはほとんど想像すらできない。なんの予告もなく突然起こされたものだ。

国際法からみたフランスの対応の「誤り」 What’s wrong with it?

ここ100年ほどでより整備された国際法の視点からすれば、フランスの行動は正しいとは言えない。少なくとも正当性があるとは呼びにくい。

国際法上、戦闘行為が起こった際には「自衛権」が認められている。攻撃してきた側を、攻撃された側が攻める、そして攻撃してきた側の本拠地まで攻撃する。そういう権利である。(国連憲章第51条には集団的自衛権の条項があるが、いまは触れない)。
その自衛権が発動されるのはどういうときかというと「武力行使の発生」が起きたときに限られる。つまり、武力の行使がなければそれは自衛権には入らない、ということだ。

では、この11/13日のテロは武力行使に当たるのか。それは当たらないとするのが通常だろう。ICJ(国際刑事裁判所)の判例からしても、違法である可能性が高い。テロとは犯罪行為crimeであるからだ。それをフランス政府はAct of Warと呼ぶことで戦闘行為と認定した。
そのタームは通常は「国家による他の国家の攻撃」を指すので、フランスにさらにISISを攻撃する権利が生まれたということだ。フランスは逆説的にISISを国家として承認したとも言えるかもしれない。

つまり国際法から見ると、フランスが「戦闘行為」と呼んで、テロを組織的な戦闘とみなし、それを根拠にISISが根城にしている地域を空爆するのは、緩くみてグレー、厳しくみれば黒ということだ。
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出典:BBC. これは犯罪の捜査と同じだ。形式も内容も。

もちろん、ここには前例がある。アメリカが2001年9月11日に同時多発テロ(実行犯11名)が発生、ニューヨークとワシントン(ペンタゴン)が攻撃された、その際、ブッシュ大統領(子)がこの攻撃をActs of Warと呼んで、翌10月には実行犯がいると当時思われたアフガニスタンの空爆を行っている。
ランド大統領やバルス首相、またそのブレーンは、このケースを念頭にしたに違いない。

その後、ブッシュ大統領は大量破壊兵器の存在を根拠に、イラク戦争も起こしたのは知られている通り。これはトルーマン・ドクトリンの再現ともいうこともできる。
またつい最近になって、そのアメリカとともに軍事攻撃をしたイギリスの当時のブレア首相が「この判断を間違いだった」とある種の謝罪をしたのだった。

国際社会の対応と「アラブの砂嵐」International Society and Sand Storms in Arab

このパリのテロに関して、国際社会の反応は一言で言えばたいへん遅れた。個別に国家間で電話会見などはされたものの、直後に開かれたトルコでのG20では、テロを非難することで終わった。また国連はさらに遅れ、国連総会が全会一致で非難をしたのは、事件から一週間後の金曜日だった。
どうして遅れたかはさておき、ここには難しい問題が山積している。

まずシリアからの難民をこの後どうするのか、ということが重くのしかかっている。日々千人単位でギリシャ、スペイン、イタリア経由で難民(あるいは移民)がEUに流入してきている。この難民を助けるのは、人権という観点からも、「人間の安全保障」という観点からもどうしても必要だろう。またそれはEUの中核的な価値だし、国連の根本的な理念でもある。

それでドイツやイタリアを筆頭に、観念としては「難民を助ける」という方向がここ4年間続いている。しかし、難民と言っても、そこにはアフリカ諸国やアフガニスタンからの「移民」も混じっている。また、シリアやイラクからのテロリストも混じっている可能性がある。となると年間で100万人規模の難民や移民を受け入れるのかどうか、というのは困難になってくる。

そして、そもそも、この難民が生じたのには、チュニジアから始まった「アラブの春」があり、それを物心共に援助したのはEUやアメリカであった。そして実際に「アラブの春」で民主化が実現した、と思われた瞬間に、それらの国々は内戦に陥り(シリア、リビア)、何度かの選挙の末に軍事政権になったり(エジプト)、民主化はしてもテロが起きたり(チュニジア)というのが現状だろう。

現在は「アラブの砂嵐」という状態だ。地域によるが、アラブ圏の砂嵐はひどく、飛行機が欠航することもある。

今後の方向 One Step Ahead

今後、国際社会はどういう方向性を持ち、どのように行動して行けばいいのだろうか。理念から考えれば、出来うる限り国際社会が結束し、意見の相違を避け、共通点を見出す。そして邪悪な集団であるISISを撲滅することだろう。

少数の有志連合coalitionが、独自の現状解釈で空爆や後々地上軍を送ることは望ましくないどころか、逆効果でさえある。
というのも、それは「ある国家がテロ攻撃をされたら、それを戦闘行為と呼び、そして空爆を有志で行えばよい」という例を再び作ってしまうからだ。そうなると、国際社会は混沌としてくる。守られるべき規範を喪失するからである。

いったん規範がなくなれば、独裁国家や新興国は自らの好みに応じて振る舞うようになる。恣意的で身勝手な国際社会は、もはやコミュニティーとは呼べなくなり、国連などの国際機関は無力化される。軍事力や経済、資源がものをいう世界に突入する。

この70年間で培われてきた、世界的な平和志向や、各種NGOによる貧困や紛争の撲滅、そしてグローバル化によって起きた飢餓人口の半減、といった人類にとって望ましいもの。これが一夜とは言わなくても短期間で元に戻ってしまう状況は、ほとんどの人にとっては訪れて欲しい未来ではないだろう。

現実的に国連が動きにくい以上、イギリスや日本、ノルウェーなどが先導して、国際的な会議を行うというのが現実的であろう。テロ対策をグローバル社会で取るという決意を明示することだ。これができれば、中東やアフリカのテロに賛同する人はさらに減るだろう。「文明の衝突」や「宗教戦争」といった、アメリカの一部の政治家や学者の見方、またISISの世界観を否定する力がいまこそ必要だ。

「報復には報復しかない」という言葉では、ISISによるテロは止まらない。資金も人もいる集団だからだ。彼らの思考はイスラームにおけるジハード(聖戦)を異常に拡張しすぎている。そしてジハードからはみ出た単なる暴力集団化もしている。カルト集団と呼ぶべきかもしれない。日本の用語でいえば「セカイ系」の組織化だとも言えそうだ。そのことを念頭に入れながら対応すべきではないだろうか。

そして、いま最も苦しいのは、テロの被害者とその家族、シリア周辺の諸部族、難民たち、そしてほとんどのイスラーム教徒であろう。

(後で内容を増強、修正します)

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投稿者:

crow tanaka

国際政治アナリスト(都市政策) 音楽社会学 上智大学非常勤講師

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